(23)処置無し
ある日の放課後。マグダレーナは時刻を確認して、普段なら生徒達が寛いでいるカフェへと向かった。
(ネシーナさんからの情報だと、今日の放課後、お茶会という名の吊し上げ会があるそうなのだけど……)
カフェの入り口から慎重に足を踏み入れると、何故かその一角に複数人が存在しているだけで、その広い室内に人影はまばらだった。そして予想通りの光景に、マグダレーナは頭痛を覚える。
(情報通りなのは良いけど、呆れてしまうわね。他にする事はないのかしら?)
仮にも一国の王子と王女のする事かとマグダレーナは呆れながら、そちらに足を進めた。
「全く、お前達の家は揃いも揃って、態度を鮮明にしないでけしからんな!」
「本当にそうですわね。未来の国王陛下に忠誠を誓わないだなんて、不忠極まりないですわ」
ユージンが居丈高に言い放てば、フレイアも断定口調で続ける。その目の前に座らされている何人かの生徒は、おどおどしながら弁解がましく口にした。
「いえ、あの……、決して陛下に忠誠を誓わないわけでは……」
「その……、父上からは、特に何も言われておりませんので」
「はぁ? 貴様らは余程の阿呆と見えるな! この私が直々に声をかけてやっているというのに、その幸運が理解できんとは!」
「そうですわよ? それに感謝して、さっさと忠誠を誓えばよろしいのに」
(どちらに付くか態度を鮮明にしていない、下級貴族の生徒を恫喝とは。これが仮にも自国の王子のする事かと思うと、情けなくて涙が出そうだわ)
人垣のすぐ側までやって来たマグダレーナは、溜め息を吐いてから凜とした声で会話に割り込んだ。
「先ほどから聞こえてきましたが、随分と話が盛り上がっておられますのね。お茶が冷め切っておられるのではありませんか? お代わりを貰ってきた方が良いかと思われますけど」
その声で人垣が瞬時に割れ、マグダレーナと視線を合わせたユージンは、忽ち憤怒の表情になって怒鳴りつけた。
「何だ、貴様。邪魔をするな!」
「それは大変失礼いたしました。殿下が貴族の支持を得るために奔走していらっしゃるのは存じておりましたが、まさか当主でもない生徒に対してまで、頭を下げておられるとは予想だにしておりませんでしたので」
「何だと!? 今、何と言った!?」
「ですから、殿下が次期国王として立太子されるには貴族からの多くの支持が不可欠ですから、まず同年代の生徒の皆さんに頭を下げて、そのご当主達に自分を推していただくよう懇願されていたのですよね?」
マグダレーナがとぼけながら口にした内容に、ユージンが怒りを増長させながら言い返す。
「はぁ!? どうして私が、そんな真似をする必要がある!!」
「おかしな事を仰いますのね。それでは殿下は何をもって、自分が次期国王に相応しいと主張されるのですか? この際ですから、是非とも聞かせていただきたいですわ」
「このっ!」
「ユージン様、ここはお心を鎮めてくださいませ。皆が見ておりますわ」
「…………」
罵声を浴びせかけたユージンだったが、ここでフレイアが冷静に会話に割り込んだ。そこで彼は、何とか怒りを押し殺して口を噤む。周囲がどうなることかと肝を冷やす中、フレイアが含み笑いで話を続けた。
「マグダレーナ様? ユージン殿下は、国王陛下の第一王子です。更に、同盟国であるナジェル国王女である私の婚約者でもあります。次期国王たる資格は、十分にあるかと思われますが」
その主張に、マグダレーナも余裕の笑みで返す。
「そうですね。資格は十分におありかと。ですが他にも同様の資格をお持ちの方が、複数おられると思いますが」
「何を言っておられるのかしら。あのような者達は、取るに足らない存在ですわ」
「その取るに足らない存在と同列に論じられているとは、ユージン殿下も難儀なことでございますね」
「何ですって!?」
「フレイア、騒ぐな」
「ですが殿下!?」
今度はユージンがフレイアを押しとどめ、マグダレーナに向き直った。
「マグダレーナ。言いたいことを言って気が済んだのなら、とっとと失せろ」
元より長居をする気は無かった彼女は、単刀直入に尋ねた。
「殿下に一つだけお伺いしたいのですが」
「何だ?」
「自分が次期国王に相応しいと主張されるなら、自分が王位を得た後にこの国をどのように治めていくか、またどのような国を理想とするかを周囲に伝えれば良いかと思います。そうすれば自ずと、賛同者は集まりましょう。殿下はその辺りを、どうお考えなのですか?」
そのマグダレーナの真摯な問いかけを聞いたユージンは、馬鹿にした様子で言い返す。
「はぁ? そんなのは重臣達が考えて、官吏を使って政を行えば良いだろう。それが家臣というものだ」
「……そうでございますか。ありがとうございました。それでは失礼いたします」
「二度とその不愉快な顔を見せるな!」
(それはこちらの台詞よ! 金輪際、あなたの不愉快な顔なんか見たくもないわ)
罵声を浴びてもマグダレーナは微塵も反応せず、周囲の様子を伺った。そして無言のまま、踵を返して歩き出す。
(それにしても、殿下の取り巻きや側付き達も同様の考えなのか、殿下の発言を咎めないし平然としていたわね)
似合いの主従と言えるわねと思いながら足を進めたマグダレーナだったが、カフェを出ながら僅かに振り返って人垣の方に視線を向ける。
(イムラン殿だけは後方にいて他の生徒達に気付かれないのを幸い、呆れ顔を隠そうともしていなかったわね。まあ、そうだろうとは思っていたけど)
そうして一仕事を終えたマグダレーナは、気持ちを切り替えてその場から離れていった。




