(21)マグダレーナの憂い
「もし、私の推測が当たっているとしたら、この国にとって幸運な事だったね」
笑みを深めながらエルネストが口にした内容に、マグダレーナは反射的に問い返した。
「それはどういう意味ですか?」
「だって、大事に思うものや存在がこの国に在るからこそ、陛下は不本意でも父王を叩きだして王位に就いて、真っ当な国政を行ってきてくれたのだから。そんなものが皆無だったり他国に在ったら、自分の周りの人間がどんなに困っても放置する方だよ。そうは思わないかい?」
当然のごとき口調で同意を求められたマグダレーナは、彼から僅かに視線を逸らしながら言葉を返した。
「……私は陛下に直に接することができる重臣でも、お身内でもありませんので、判断いたしかねます」
「私だって滅多にお目にかからないし、顔を合わせたとしてもそこら辺の置物と同程度の認識しかないのではないかな」
そこでマグダレーナは、思わず口を挟む。
「仮にも親子ではありませんか。そこまで卑下する物言いをされなくても」
「そうだというだけの話だよ。陛下は、私を含めた兄弟姉妹、全員自分の血を分けた子供だなんて認識していないだろうね」
「どうしてそんな事が分かるのですか」
「さぁ……、なんとなく?」
「殿下ご自身の父上であるにも関わらず、先ほどから『陛下』としか言及されておられないのも、それが理由ですか?」
「確かに、自分の父親とはあまり認識していないかな?」
苦笑を深めたエルネストを見て、マグダレーナは苦々しく思いながらも意識を切り替えた。そして顔つきを改めながら、再度尋ねる。
「話を戻させていただきますが、陛下が未来永劫王座におられるのは不可能です。いずれはどなたかに玉座を譲り渡す日が来ます。その時、王位を継承するのはどなただと思いますか?」
その問いかけに、エルネストは少し意外そうな顔を見せた。
「食い下がるね。そんなに興味があるの?」
「興味ではなく上級貴族の一員として、将来の国政について憂いているだけです」
彼女が尤もらしいことを口にすると、エルネストは苦笑交じりに宥めてくる。
「本当に真面目だねぇ……、だけどそんな難しい顔をしなくても大丈夫だよ。誰が継いでも、それなりにどうにかなるだろうさ。悪いけど、そろそろ行かないと約束の時間に遅れるので失礼するよ」
「分かりました。お時間を取らせてしまって、申し訳ありませんでした」
エルネストが断りを入れてきたため、マグダレーナはそれ以上引き留める事はせず、礼儀正しく頭を下げる。彼女が再び頭を上げた時、彼は既に階段の上部に姿を消していた。
それを確認したマグダレーナは、溜め息を吐いて緊張を和らげる。
(エルネスト殿下は確かに才気走ったところはないけど、それなりに洞察力が備わっているのは分かったわ。それだったらせめて、陛下がきちんと幼少期から目をかけて、それなりの教育担当者とか後見人を付けておけば……)
そこまで思い巡らせたマグダレーナだったが、すぐにその考えを打ち消した。
(それは無いわね。あの陛下が、懇切丁寧に後継者育成なんてするはずがないわ。第一、そんなことをしようものなら、王宮内で混乱が必至だもの。特に実母である、あの王妃陛下の独断専行がまかり通ることになりかねないわ)
うんざりしながらそんな風に結論づけたマグダレーナは、取りあえず目的地に向かって歩き出した。
(それにしても……、やはり殿下自身、王位に執着も憧れも持っておられないみたいだし。あの様子だと、立太子させようとしてもきっぱり断るんじゃないかしら。大叔父様からのもう一つの要請、エルネスト殿下を後継者に推す場合、引き受けさせる条件を探るのは前途多難としか思えない。そんなところは父親と似なくても良いのに……)
八つ当たり気味にそんなことを考えながら彼女は階段を上がり、人気のない廊下に足を踏み出す。そして資料室のドアに到達したマグダレーナは、いつも通り周囲に人影がないのを確認してから素早く鍵を鍵穴に差し込んで解錠し、その身を室内に滑り込ませた。そして再び内側から施錠して、一息つく。
「今日は人目がある教室内ではできない踏み込んだ会話ができたけど、本当にこれからどうしたものかしら……」
途方に暮れた表情で小さく愚痴を零したものの、マグダレーナはすぐに意識を切り替え、いつも通りの表情で隠し部屋に繋がっている本棚に向かって足を進めた。




