(20)予想外の推測
例によって例のごとく、マグダレーナはネシーナやユニシアと密会するため、放課後に第二教授棟に出向いた。いつも通り建物内に入って廊下を歩き出した瞬間、前方に見慣れた背中を認めたマグダレーナは、無意識に眉根を寄せる。そのまま気付かぬふりをするつもりだったが、当の本人が階段を上がろうと曲がったところで、マグダレーナに気付いて声をかけてきた。
「やあ、マグダレーナ嬢。こんな所で奇遇だね」
声をかけられた以上は無視するわけにもいかず、彼女は溜め息を吐きたいのを堪えながら応じる。
「そうですわね……、と言いたいところですが、こちらに来るたびに割と殿下のお姿を拝見しておりました。平民の生徒達と気安くお話しをしている他にも、教授方とも良く歓談されておられるようですね」
「勿論、ご都合を伺って、お邪魔にならない程度にしているよ」
「皆様とのお話は、それほど楽しいのですか?」
「ああ、楽しいね。王宮内で閉じこもっているのとは比較にならないくらい」
「それは……、いえ、なんでもありません」
笑顔で告げられたマグダレーナは、一瞬皮肉を言いかけて止めた。そんな彼女を見て、エルネストが怪訝そうに尋ねてくる。
「どうかしたのかな?」
「この際ですから、殿下にお伺いしたい事があるのですが」
「何かな? 私に答えられることならそうするけど」
「殿下は、次の国王には誰が相応しいとお考えですの?」
この間、彼が我関せずの風情で学生生活を謳歌している事で腹に据えかねていたマグダレーナは、人通りが全くないのを幸い微塵も躊躇わずに切り込んだ。それにエルネストは一瞬驚いた表情になったものの、微笑みながら告げる。
「次の国王か……。申し訳ないけど、誰が相応しいかなんて皆目見当がつかないな」
「一つご指摘して差し上げますが、あなたも候補の一人ではありませんか。そんな第三者的な発言は、どうかと思いますが」
マグダレーナの指摘に、エルネストは苦笑を深めた。
「私が候補になるのかな? 私が次期国王とか、本気で考えている人は相当な物好きだと思うけど。第一、誰が好き好んで国王になろうとするのかな。あの陛下の次の国王なんて、何かにつけて陛下と比較されて貶されることになるのに」
「現にそんな事をものともしない、もしくはそんな考えに及ばないで嬉々として王座を狙っている方はおられますわよ?」
「ああ……、それもそうか。周りも大変だね」
すっかり異母兄弟達のことが頭から抜け落ちていたらしい彼の台詞に、マグダレーナの疲労感が増加した。
「殿下のお考えは分かりました。質問に答えていただき、ありがとうございました」
「それは良かった。私にやる気が無いのが分かって貰えたようで」
本気で質問を切り上げてネシーナ達が待つ隠し部屋に向かうつもりだったマグダレーナだったが、エルネストの全く邪気のない笑顔に妙な引っかかりを覚えた。それで注意深く問いを重ねてみる。
「申し訳ありません。新たな疑問が生じてしまったのですが……」
「今度は何かな?」
「どうしてやる気がないのでしょう。殿下は、周囲に認められたいとは思わないのですか?」
「別に、思わないね。でもそれは陛下も同じだと思うよ?」
唐突に父親のことを持ち出してきたエルネストに、マグダレーナは怪訝な顔を向けた。
「……陛下が、何ですって?」
「陛下は確かに有能だけど、好き好んで王座に就いて国政に携わっているわけではないと思うから」
さらりと口にされた台詞に、マグダレーナは顔つきを改める。
「どうしてそのようにお考えになりますの? 仮にも国王なのですから、権力欲や義務感は当然持ち合わせておられると思いますが」
「改めて聞かれると、明確な根拠はないのだけど。それに、実際に陛下の執務中の姿を観察したのは数えるほどしかないし。だけど陛下にとって王宮内に存在するものは、殆どが価値がないものではないかと思う。執着心とか愛着とか全く感じていないのではないかな?」
(まさかエルネスト殿下が陛下の事情を知らないまま、ここまで推測しているだなんて。見た目に反して、これほど洞察力が鋭い方だとは思わなかったわ)
小首を傾げながら、考えを巡らせているらしいエルネストを目の当たりにして、マグダレーナは内心で動揺した。しかしそれを押し隠しつつ、話を続ける。
「それならどうして陛下は、父王に引退を迫ってまで即位したと思われますの? 是非、殿下のお考えを伺ってみたいですわ」
その問いかけに、エルネストは困った顔つきで考え込む。
「う~ん、即位当時の状況を鑑みると、周囲に推されてやむにやまれず即位して辣腕を振るった、と言うのが一般的だと思うけれど……。あの陛下が周囲の懇願に応じて面倒ごとを引き受けるだなんて、考えにくいからね。さて、どうしてかな?」
「実の息子である殿下に分からないものが、部外者の私に分かるはずはありませんわ」
「強いて言えば……、陛下に他に何か大事なものがあって、それに関して周囲に脅迫されて渋々要求を飲んだとか。そうだったらしっくりくるね」
エルネストはそう口にすると、一人で納得したように頷いた。一方のマグダレーナは平常心を掻き集め、なんとかいつも通りの表情を装いつつ反論めいた台詞を口にする。
「殿下……。そうなると一国の王子を脅して当時の国王を引きずり下ろし、その王子を即位させたろくでもない君側の奸が、この国に存在することになるのですが?」
「存在していても良いんじゃないか? だって今現在、この国は十分発展して平和なのだし。そうは思わないかい?」
「この国が栄えていて平和なのは認めますが、その過程で問題があったとは思いたくありませんわ」
「君は真面目だね」
「殿下ほど不真面目ではないだけです」
「相変わらず手厳しいな」
エルネストは苦笑したが、マグダレーナにしてみれば笑い事ではなかった。




