(17)来訪の理由
母達の剣幕にマグダレーナは口を挟む事ができず、無言のまま二人のやり取りを見守った。すると会話が途切れたタイミングで、サリーマが表情を緩めてマグダレーナに話しかける。
「ごめんなさい、マグダレーナ。話が大幅に逸れてしまったわね。私達夫婦に限っては、王位を逃した事について大した感慨は持ち合わせていないわ。他のご兄弟は、本当に色々と恨みがましいことを公言されていた方もおられますけど」
「そうでございますか……」
「あまり参考にならなくてごめんなさいね。今回の後継者選定後に、どのようにすればできるだけ穏便に事態を収拾させることができるのか、知りたかったのでしょう?」
申し訳なさそうにそんな事を言われてしまったマグダレーナは、慌てて首を振った。
「いえ、そんなことは。事態を収拾させるのは、国政に携わる方々の役目ですし」
しかしそれを聞いたサリーマが、怪訝な顔になる。
「そうなの? キャレイド公爵は宰相様の甥に当たるから、ここの公爵家でそういった事柄が話題に上がっていたのではと思ったのだけど」
「全く話題に上がらないというわけではありませんが、一応好奇心からお尋ねしてみました」
「あら? 先ほどは『興味本位からの質問ではない』とか言っていた気もするのだけど……」
「いえ、それは、純粋な好奇心だけではないと意味でしたので……」
(サリーマ伯母様が、妙に鋭くて困ったわ。まさか、後継者選定にしっかり関わっているだなんて、間違っても口にはできないし)
マグダレーナが密かに冷や汗を流していると、ここでジュリエラが話題を変えた。
「ところで、お姉様。周りに唆されたお父様が推しているのは、カインとラウールのどちらですの?」
息子の名前が出た途端、サリーマは顔つきを険しくしながら言及する。
「ラウールよ。カインに真っ当な判断力があったのが、せめてもの救いだわ」
憤慨している姉を見て、ジュリエラは甥の人となりを思い出しながら嘆息した。
「ラウールですか……。あの子は昔から、短慮なところがありましたしね。それに、自らの生活手段を得ようともしませんでしたし」
「ええ。グリードが亡くなったら領地は国に返上して、未亡人である私には国から生活資金として年金が支給されますけど、息子達には金銭補償は無いとあれほど言って聞かせたのに。そうなったら、私からむしり取れば良いと思っているのよ。情けなくて、涙が出そうだわ」
「お姉様……」
そこで本当に涙ぐんでいるように見える伯母を観察しながら、マグダレーナも話題に出た二人の従兄について考えを巡らせた。
兄であるカインは早々と貴族としての生活に見切りをつけ、学問に勤しんでクレランス学園進学後も官吏科に進級し、今では官吏として王宮で勤務しているのを父から聞かされていた。対して弟のラウールは学業も振るわず品行方正とも言いがたく、人の下について仕事を学ぶことも選ばず、ただ自堕落に日々を過ごしているのを伝え聞いており、さもありなんと納得する。
「お姉様。こんな事をはっきりと口にするのは申し訳ないのですが、幾ら陛下が後継者を実子から選ぶつもりがなく、他の血縁者から選ぶ可能性があるという噂が流れているにしても、ラウールが選ばれる事はあり得ないと思います」
面と向かってそんな事を言い出したジュリエラに、そこまで言っては実の姉とは言えさすがに失礼ではないかとマグダレーナは懸念した。しかし彼女が何か口にする前に、サリーマがこれ以上はないくらい真剣な面持ちで断言する。
「失礼でも何でもないわ。全くその通りだと思うもの。問題なのは、本人とお父様がそれを理解できない、する気がないという事なのよ」
「いつまでもその調子では困りますわね。下手に騒ぎ立てて、陛下やその周辺に変に目をつけられたりしたら厄介です」
「そうなの。だからキャレイド公爵や宰相閣下にお力添えを頂いて、何とかあの二人の心得違いを正せないか相談したくて。あの二人の妄想を粉砕できなくても、上の方達にテニアス大公家に含むところは無いと理解していただきたいの」
切羽詰まった感じのサリーマの懇願に、ジュリエラは真顔で頷いた。
「そういう事でしたのね。分かりました。夫が戻ったら、一緒に相談いたしましょう。叔父様も陛下もあまり事態を重く見てはいないとは思いますが、念のため夫経由で確認して貰いましょう。正確なところが判明するまで、この屋敷に滞在してください。領地にいるお義兄様に、安心できるような報告をしたいと思っておられるでしょうし」
その申し出を聞いたサリーマは、顔つきを明るくして礼を述べた。
「ありがとう、ジュリエラ。本当に助かったわ」
「これくらい、どうと言うこともありません。それに久しぶりにお姉様とゆっくり過ごせることになって嬉しいです」
姉妹で嬉しそうに笑い合っているのを眺めながら、マグダレーナは一人で考え込んでいた。
(陛下の後継者は一人だけ。当然、他の二人はテニアス大公と同様に臣籍降下されることになる。どうしても、選定後に揉めるのは必至よね。テニアス大公と伯母様のように達観してくれればありがたいけど、とてもそうは思えないし。やっぱり決めた後の事態も、考えておかないと駄目でしょうね)
従兄に関してはどうとでも対応できると即断したが、国王の実子である三人の人となりを考えて、かなり気が重くなってしまったマグダレーナだった。




