(14)推論
長期休暇の半ばを過ぎた頃、キャレイド公爵邸にテオドールが訪れた。勿論、予め訪問の申し入れをした上での事であり、マグダレーナは父と兄と共に、大叔父を迎え入れる。
「リロイ、マグダレーナ、息災のようで何よりだ」
第一応接室に招き入れ、人払いをしてすぐに、テオドールは重々しい口調で兄妹に声をかけた。それにリロイは気安く、マグダレーナは鬱屈した様子で応じる。
「ええ。色々と面白いことがありすぎて、寝込む暇もありませんよ」
「できることなら、半年寝込んでしまいたいですわ」
「そうか。陛下はお前達に『褒美をやろう』などと仰っていたが、見舞いの方が良かったか」
ニヤリと意地悪く笑いながら、テオドールが告げる。それを聞いた途端、マグダレーナは必死の形相で固辞した。
「はぁ!? 褒美だなんて、冗談ではありません! どうせ更なる厄介ごとか、ろくでもない嫌がらせめいたものではありませんの? 絶対に受け取りませんからね!!」
「お前がそう言うだろうと思って、丁重にお断りしておいた」
「……ありがとうございます」
笑いを堪えながらの大叔父の台詞に、マグダレーナは脱力しながら礼を述べる。それを茶化すように、リロイが口を挟んできた。
「せっかくだから、頂いておけば良いのに」
「お兄様?」
若干険しい目を向けてきた妹から、リロイは視線を外す。そこでランタスは、子供達に構わずに話を進めた。
「それで叔父上。あれ以降、王宮内の空気はどのようになっておりますか?」
その問いかけに、リロイとマグダレーナは居住まいを正して真顔になった。そしてテオドールが淡々と報告する。
「ある意味不穏で、ある意味平穏だな。馬鹿が揃って邪推しても、真相に辿り着くことはあるまい」
そこでリロイが、微苦笑を浮かべながら応じた。
「貴族間でも、噂が錯綜しておりますからね。それらを誘導したのが、誰とは申し上げませんが」
大叔父や父親がその一端を担っているのは確かだが、その他の中心人物を察していたマグダレーナは、思わず突っ込みを入れてしまう。
「その中の筆頭が、お兄様ご自身ではありませんの?」
「私はそこまで勤勉ではないよ? 人を動かすのが好きなのは確かだが」
「そうですわね。それも他人を助けるために人を動かすのではなく、他人を困らせるために人を動かすのがお好きですよね?」
「分かっていることを、わざわざ口に出すのは時間の無駄だな」
兄妹でそんなやり取りをしてから、リロイは話を戻す。
「最近、両王子派の動きで目立ったものはありませんが、後宮内ではどうですか?」
リロイがそう水を向けると、テオドールが淡々と報告してくる。
「どちらも、あからさまな動きを控えるようになっているな。だが表立って動けない分、水面下で様子を伺っているのだろう」
「互いに、盛大な足の引っ張り合いですか」
「それはそれで良いだろう。周囲を含めて粗探しをする経緯で、ぼろが出たり愛想を尽かして離れていく家も出てくるはずだ」
ランタスが考え込みながら口にすると、リロイがその後を引き継ぐ。
「マグダレーナ。状況を鑑みて、今後王子達本人が在籍しているクレランス学園内で、王子達の側近や縁戚の生徒に対しての誹謗中傷や揉め事が多発する可能性がある。心しておいてくれ。潜り込ませている手の者達には、良く言い含めておく」
「やっぱり、そうなりますよね……。ええ、分かっております。十分注意いたしますので」
うんざりしながら、マグダレーナは頷いてみせた。そこでふと、気になったことを口にしてみる。
「大叔父様、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「どうした」
「エルネスト殿下のご生母である王妃陛下は、今回の諸々についてどのような反応をされておられますの?」
その問いかけに、テオドールは実に素っ気なく返した。
「別に何も」
あまりにも端的すぎる返答に、マグダレーナは戸惑った表情で問い返す。
「……え? それはどう言った意味でしょう?」
再度尋ねられた彼は、溜め息を吐いてから言葉を継いだ。
「だから、別段変わったことはない。相変わらず、周りの人間が自分を敬っていない、自分を蔑ろにしていると不平不満をぶちまけているだけだ。エルネスト殿下の王位継承の目が皆無だと、信じて疑わないからな。殿下が休暇に入ってからも、面会していないはずだ」
それを聞いたランタスが、苦々しい表情で応じる。
「あの方も、相変わらずですね……。そんなことだから周囲からの敬意を得られないというのが、未だに理解できないらしい」
「今後、目がないと思っていたエルネスト殿下が立太子されたら、どのような反応をするのか、実に興味深いですね」
リロイは父親より好戦的な表情を浮かべていたが、マグダレーナは話を元に戻した。
「大叔父様やお父様達が目論んでいる両派閥の切り崩し計画ですが、どのように進めておられて、かつどこまで達成しているのか、教えて頂きたいのですが。学園に戻る前に、一応頭に入れておきたいと思いますので」
「そうだな。それではこれが、今現在把握している両派閥に所属している家名リストになる」
テオドールが持参してきた書類を広げ、目の前のローテーブルに置く。するとランタスとリロイが身を乗り出しつつ、補足説明をしてくる。
「この印をつけている家が、今現在切り崩している最中の家になる」
「あと、これとこの家は、私の方で色々と調べている最中ですので、大叔父上にはここの辺りをお願いしたいのですが」
「そうだな。その辺りは私がなんとかしよう」
真顔で検討していく男達に混ざり、マグダレーナも要所要所で意見を述べて今後の方針を組み立てていったが、心の中ではもやもやとした不快さが漂っていた。
(王妃陛下の社交界での孤立ぶりと殿下への無関心さは、以前から公然たる事実ではあったけれど……。自分の都合の良い駒になりえないから、無視して良いという事ではないと思うのだけど。れっきとした実の息子なのに、どういう感性の方なのかしら。幾ら考えても、理解不能だわ)
マグダレーナは憮然としながら、密かにそんなことを考えていた。




