(13)ろくでもない密談
王宮の一角には、日々政務が執り行われている執務棟が存在していた。ある日、その中の会議室の一つで、王を初めとするこの国の重鎮達が大きな机を囲んで協議を重ねていた。
「それでは、これで本日の会議は終了とします」
「皆、ご苦労だった」
宰相であるテオドールが会議の終了を宣言すると、レイノルが重々しく大臣達に声をかける。彼らは主君の声に、恭しく頭を下げて応じた。するとここでレイノルが、思い出したようにテオドールに声をかける。
「そう言えば、テオドール。さすがはお前の血筋だな。リロイとマグダレーナは、実に良い仕事をしてくれた」
それだけで何の事を言っているのか分かってしまったテオドールは、苦笑しながら言葉を返した。
「確かに、少々周囲を惑わせておくべきかと思っておりましたが、予想以上の効果でしたな」
「あれ以降、鬱陶しく思っていた奴ほど近づかなくなってな。コートリル伯やフォルテオ伯などが、その最たるものだが。奴ら、恐る恐るお伺いを立ててきた時、多少不機嫌そうな様子を見せてやったら、慌てて引き下がって最近では姿を見かけもしないぞ。実に愉快だ」
機嫌良く語ってから、レイノルは堪えきれずに思い出し笑いを始めた。そんな主君の様子を眺めつつ、大臣達も含み笑いで会話に加わる。
「これまでは本当に、鬱陶しかったですからな」
「陛下だけに止まらず、我らにまで何かにつけて纏わり付いていましたし」
「私など、一度『そこまでしつこいと陛下の気分を害するのではないか』とやんわりと忠告して差し上げた事があるのですがね」
「それでも歯牙にもかけず熱心に働きかけていたのに、今回の豹変ぶり。余程、あの二人の誘導ぶりが良かったらしいですな」
「おかげで変な欲を出した者がいて、それはそれで鬱陶しいがな」
さりげなく付け加えてきたレイノルに、周囲の一人が怪訝そうに問いを発する。
「どなたの事でしょう?」
その質問には、レイノルが口を開く前に同僚達が口々に答えた。
「ほら、大公家の方々だ」
「両王子派から、あっさりそちらになびいた馬鹿者が、複数いたようでな」
「今度は大公家間で、陛下から後継指名を受けるのはこちらだと、牽制し合っているらしい」
「馬鹿ですね。そんな的外れな考えしか持てないから、王位を継げなかったと自覚していただきたいものだ」
吐き捨てるように口にした家臣を、レイノルが苦笑いで宥める。
「そう言うな。とにかく今回の事は、両派閥弱体化の一助にもなった。今後は、それが更に進むのが必至だろう」
その指摘に、テオドールが深く頷きながら応じた。
「はい。自分が推す候補を迂闊に推せないと認識した者が次に取る行動は、周囲を蹴落とす事と相場が決まっております。短絡的な物の考え方しかできない、烏合の衆でございますので」
「そうであろう。今後も満遍なく、大公家も含めて徐々に勢力を削いでおいてくれ」
「畏まりました」
そこで大臣達が揃って頭を下げたところで、レイノルが上機嫌に言い出す。
「それではリロイとマグダレーナには、何か褒美でもやろう。何か希望の物を聞いて」
「いえ、結構でございます」
主君の話を遮るという暴挙に及んだテオドールに対し、レイノルは明らかに気分を害したように言葉を返した。
「テオドール、お前には聞いていない。他人が口を挟むな」
しかしその程度の文句を言われたくらいで、引き下がるテオドールではなかった。レイノルと視線をしっかり合わせながら、真剣な面持ちで申し出る。
「マグダレーナは嫌がらせかと邪推するか、何かの罰かと心底嫌がるのが確実ですし、リロイに至っては何を要求するか分かったものではなく、厄介ごとの予感しかいたしません」
その断定っぷりに、レイノルは一瞬困惑してから笑いを誘われた。そして機嫌を直しつつ、小さく頷く。
「そうか……。なかなか楽しい兄妹だな。それでは私が礼を言っていたと伝えるだけで良い」
「御意」
「しかし惜しいな。愚兄や愚弟の子供でもリロイやマグダレーナ程の才覚があれば、王位を投げ与えやるか、くらいの気持ちになれたかもしれんのに」
妙にしみじみとした口調で、レイノルが不穏過ぎる内容を口にした。それを聞いたテオドールの表情が、苦々しいものに変化する。
「私の身内の才覚を賞賛していただいたのは嬉しい限りですが、王位は投げ与えるものではございません。譲り渡すものだと認識していただけませんか」
「ありがたみなど、家畜の餌と大して変わらん」
「……相変わらずでございますね」
諦めきった様子で溜め息を吐いたテオドールだったが、ここでレイノルが満面の笑みでろくでもない事を言い出した。
「そうだな……、いっそのこと、リロイが私の隠し子だというのはどうだ? それで養子縁組して王位継承。面白いとは思わないか?」
その台詞に、レイノル以外の者達の顔が瞬時に強張る。さすがに看過できなかったテオドールは、頭痛を堪えながら主君に苦言を呈した。
「陛下、全く笑えない冗談はお止めください」
「そうは言ってもだな、世の中馬鹿が多いから、八割くらいは信じると思うぞ? やってできない事では無いと思うが?」
「そんなに命が惜しくないのですか? 良くて、ボコボコに殴り倒されますよ?」
「うん? ランタスにか? 確かに、あそこは夫婦仲が良いし、それ以上にあいつは真面目だからなぁ。『妻が不貞を働いたとでも言うおつもりですか』と本気で怒るかもしれないな」
真顔で考え込んだレイノルだったが、それを聞いたテオドールは真顔で首を振った。
「いいえ。確かにランタスは激怒するでしょうが、あれは基本的に真面目で忠誠心篤い男です。間違っても、主君である陛下に手を上げることはございますまい。陛下に制裁を加えるのは、ジュリエラの方です」
それを聞いたレイノルは、意外そうに軽く目を見張った。
「キャレイド公爵夫人? 控え目でおとなしげで、とてもそんな印象はないのだが……」
「確かに普段はランタスの成す事に手も口も出さず、おとなしく夫の後ろに控えている女ですが、いざとなったら誰よりも肝が据わっております。ランタスが結婚した時、気骨溢れる嫁を迎えることができて、これで本家は安泰だと分家一同安堵いたしました。もし仮に陛下のお戯れが過ぎて、そのような埒もない話を公言した場合、あれは手段を選ばず立場を考えず全力で陛下を消しにかかります。母に命じられたら、リロイが全力でそれに乗ってくるのは火を見るより明らかですし」
脅しているのとは違う、真摯な忠告と分かるその物言いに、さすがに命が惜しかったレイノルは苦笑しながら告げる。
「残念だが止めておくか」
「そうなさいませ」
そして人知れず、新たな国王のスキャンダルが暴発する危険性は回避されたのだった。




