(9)仕込み
マグダレーナはネシーナと並んで歩きながら、前方を歩く二組の背中に、どこか疲れ気味の視線を向けていた。
「あははは、殿下はなかなか面白い考え方をされる方だったのですね」
「そうかな? 私からすると、リロイ殿の方が独創的な考え方をすると思うのだけど」
「私の場合、枠から完全に外れているというだけの話ですから。一応、常識の枠の中で考えた内容が面白いという事ですよ」
「はぁ……、それはどうも、ありがとう?」
「どうしました? 何やら困惑されているようですが」
「褒められているのか貶されているのか、今ひとつ分からないものだから」
「勿論、褒めておりますよ?」
「そうですか……」
すこぶる上機嫌に喋り続けるリロイに対し、エルネストが生真面目に言葉を返しているのを見て、マグダレーナは何度目かになる溜め息を吐いた。そして斜め前方では、レベッカがマテルに対し、クレランス学園でのエルネストの様子を真顔で語って聞かせる。
「そういうわけで、殿下はその怪我をきっかけに、平民出身の騎士科進級希望の方達と和やかに会話するようになって、寮内でも親交を深めていると聞きました」
「そうですか……。色々と複雑な事情がありますから、貴族からも平民からも遠巻きにされておられると思っていたので、それを聞いて安心しました」
「心配されるのも無理はありませんね。私自身、最初はそうでしたもの。でも官吏科進級希望の方に勉強を教えてくれと直談判したり、分け隔て無く話しかけたりして、最近では他の生徒も割と普通に接していますよ? あ、勿論、他の王子達の派閥を公言しているような生徒とは無理ですが」
「それはそうですよ。むしろ、そのような生徒とも和気藹々と過ごしているなどと聞いたら、自分の耳を疑います」
「どちらの派閥にも入っていない、中立派の貴族家の生徒とは、気安く話していますけどね。そういえば食堂で、その人達にからかわれていたのを耳にしたのですけど、殿下は嫌いな野菜があるみたいですね」
「ほうぅ? それは聞き捨てなりませんね。是非、聞かせていただきたいです」
それなりに会話が盛り上がっている二組を眺めながら、マグダレーナは肩を落とした。
「どうしてこうなったのよ……」
「本当に、マグダレーナのせっかくの休日を無茶苦茶にするなんて」
どうやら腹に据えかねているらしいネシーナの様子に、マグダレーナは控え目に確認を入れてみる。
「あの……、ネシーナさんは、今日のことをご存じなかったのですか?」
その問いに、ネシーナは乾いた笑いで応じる。
「一昨日、いきなり『一緒に出かけないか』と知らせが来たの。それで、今日待ち合わせ場所に出向いたら、『今日はマグダレーナとエルネスト殿下に同行するから』と聞かされて、一瞬気が遠くなったわ」
「本当に、申し訳ありません……」
淡々とした口調ながら、てっきり二人きりでのデートかと思いきや、どっぷり陰謀ありきの事態だったと分かった時の彼女の心情を思って、マグダレーナは反射的に頭を下げた。そんな彼女を、ネシーナは苦笑しながら宥める。
「あなたが謝ることではないわ。どうしてそんな事態になったのかだ尋ねたら、『直に殿下の人となりを知る良い機会だから、悪いが付き合ってくれ』と言われましたし。仕方がありません」
「そうですか……。それはそれとして、どうしてそんな判断に至ったのかを考えると……」
「ええ。あなた達の行動予定が分かっていたにしても、殿下の予定を知っていたからには、殿下かマテル殿の周囲にリロイの息のかかった人間がいるという事よね」
「どこまで手を広げているのよ」
そこで二人は顔を見合わせ、なんとも言えない表情で溜め息を吐いた。
そして三組に分かれて一見和やかに会話しながら歩いているうちに、一行はサザール広場に到着した。
「マグダレーナ様、ちょっと待っていてください。チケットを買ってきますので」
背後を振り返って断りを入れてきたレベッカに、マグダレーナが怪訝な顔で問い返す。
「チケットって、何の事?」
「ほら、あそこに大きな天幕が張ってあるでしょう? あの中で公演があるんですよ。それを見るには、中に設置してある椅子のチケットを買わないといけないんです」
「そうなの? それは知らなかったわ」
「もっと小規模な旅芸人ですと、露天でするのが一般的なんですけどね」
その説明に、マテルも続けた。
「レベッカさんの言うとおりですので、私もチケットを買ってきます。殿下はここで待っていてください」
「ああ、分かった」
そこでレベッカとマテルが歩き出そうとしたタイミングで、見知らぬ人物がリロイに向かって駆け寄ってきた。
「あ、リロイ様! 良いところに! あそこの旅芸人の公演チケットを買ってしまったんですが、急に家に戻らないといけなくなって。これを買って貰えませんか?」
何やら必死の形相で叫びながら現れた男を見て、一同は何事かと視線を向ける。そんな中、リロイがわざとらしい笑顔で応じた。
「ソールじゃないか。どうしたんだ?」
「それが、親父が倒れて危篤だと、たった今知らせが来たもので」
「それは大変だ。そういうことなら買い取ろう。これで足りるかい? 釣りはいらないよ」
「ありがとうございます! それでは失礼します!」
リロイは素早く取り出した何枚かの金貨を、目の前の男の手に握らせた。すると彼は満面の笑みで礼を述べ、リロイに何枚かのチケットを渡して駆け去って行く。
「さて、何枚……、おや? 良かった、ちょうど六枚あるね。レベッカ、マテル殿、買いに行かなくても大丈夫のようだ。良かったら使ってくれ」
その嘘くさい笑顔に、マグダレーナとネシーナは、これが彼の仕込みであるのを一瞬で察した。
「あ、いえ、その……」
「さすがにそれは……」
「良いから。さあ、それでは行こうか」
これで良いのかと逡巡するレベッカとマテルを引き連れて、リロイは天幕へと足を進める。その後を色々諦めたマグダレーナとネシーナが、その後に困惑しきったエルネストが続いた。




