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(5)諦観

「やっぱりそういう話になるのですね!? 私は当時、五歳か六歳だったはずです! 何を考えていらっしゃったのですか!?」

 その非難の言葉に、テオドールが開き直った様子で言葉を返してくる。


「仕方があるまい。ランタスとリロイも候補に入れたが、幼くてもお前の才能の片鱗は隠しようがなかったのでな」

「それは大変光栄なお言葉ですが!!」

 淑女にはあるまじき行為でありながら、マグダレーナはここで生まれて初めて髪をかきむしりたい衝動に駆られた。そんな妹に一瞬憐憫の眼差しを送ったリロイは、真剣な面持ちでテオドールに尋ねた。


「マグダレーナが指名された経緯までは知らなかったのですが、そのようなリストを作った上での任命だったのですね。しかし当時、マグダレーナは陛下との面識もなかった幼女だったのに、選ばれた決め手は何だったのでしょうか? 参考までに教えていただきたいのですが」

 それに対するテオドールの答えは、リロイとマグダレーナにとって予想外過ぎる内容だった。


「マグダレーナが、一番遠くまで飛んだ」

「え?」

「はい? なんですって?」

「あの馬鹿者は、名簿に挙げられた全員の名前を一人分ずつ紙に書いて、それを丸めて玉の状態にして一つの箱に詰めた。それを部屋の中心に向かって、一斉に放り投げたのだ。それで、投げた場所から一番遠くまで飛んでいた玉に書いてあった名前がマグダレーナ、お前の名前だった」

「…………」

 当事者のマグダレーナは勿論、問いを発したリロイもあまりの内容に絶句して固まる。と同時に、応接室内に不気味な沈黙が漂った。しかし少しして、マグダレーナの地を這うような声が、その静寂にピリオドを打つ。


「……大叔父様?」

「なんだ」

「要するに、誰でも良かったわけですわね?」

「結果的には良かったと思っているし、これも神の御意志だと思って受け入れてもらう」

 重々しく告げられた内容に対し、マグダレーナはそれを素直に受け入れるどころか、目の前のテーブルを勢いよく拳で叩きながら激高した。


「全っ然、良くありません! 年少者に厄介事を押し付けて平然としているなんて、我が国の重臣と呼ばれる方々は、揃いも揃って厚顔無恥な方々ばかりなのですか!?」

「安心しろ。お前がどの王子を選ぼうと、我々が責任を持って反対勢力の不平不満などねじ伏せてくれる。陛下も期限になったらすっぱり引退する気満々だが、きちんと後始末はしてくださるそうだ。王妃や側妃はあちこちに隠居所を作って、個別に押し込める算段をしている。それに、陛下の引退と同時に私達も表舞台から退かせて貰うが、次期国王の側近はしっかり選定して仕込んであるからな」

「もう決定事項で、既定路線というわけですか……」

「その通りだ。我が国の安定のために、お前に役目を果たして貰う」

「私に、そんな義理はない筈ですが?」

 半ば自棄気味にマグダレーナは言い返した。するとここで、テオドールが真顔で話題を変えてくる。


「それではお前に問うが、今現在我が国における最大の懸念は何か?」

「経済にも治安にも外交にも、不安はありません。国王陛下とその側近の方々の治世は、安定しております。最大と言うか唯一の不安は、後継者問題が未だに解決していない事に尽きます。それを貴族間では訝しんでおられる方が、相当数おられます。まさかそれが、陛下が熟慮されているからではなく、そもそも選ぶ気がなかったせいだなどと……。予測できる筈がありません」

 微塵も悩むことなく即答した彼女を見て、テオドールはその顔に満足そうな笑みを浮かべた。


「マグダレーナ。お前は良い意味で、生粋の貴族だ。貴族としての矜持と義務を忘れず、己を律する事ができる。自分の利益や保身しか眼中にない、腐った名ばかりの貴族とは、幼い頃から一線を画していた」

「恐れ入ります」

 追従など入る余地のない賛辞に、彼女は素直に頭を下げた。ここでテオドールは顔つきを改めて話を続ける。


「陛下がまだお若い故、代替わりがまだ先の事だと油断している者も多い。ここで後継者をいきなり選定し、その直後陛下が退位となったら混乱は必至だ」

「それは、火を見るより明らかです」

「だから臣下たる我々はその混乱を必要最小限に抑える為、予め混乱を引き起こし、態度を曖昧にしている者達を徹底的に炙り出して処理を済ませ、始末に負えない者達は陰から操って、次代の国王即位前に共倒れさせてしまえばよいとの結論に達した」

「……要らぬ火種を撒き散らすことに、どんな意味があると言うのですか」

 確かに現国王を無茶振りで即位させただけあって、重臣の方々は火を抑えるのに火を用いるつもりかと、マグダレーナは内心で呆れた。その方策についても今一つ理解できないため、マグダレーナは無意識に渋面になる。そんな彼女に向かって、テオドールがさり気ない口調で問いを発した。


「お前が絶妙のタイミングで入学するクレランス学園は、どんな場所だ? 言ってみろ」

「どんな、と問われましても……。国内の目ぼしい貴族の子弟子女と、優秀な平民が集う学び舎で……」

 マグダレーナが頭の中に思い浮かんだ内容を、一つ一つ口にしていく。そうしていくうちに、ある可能性に思い至って声を荒らげた。


「大叔父様!? まさかそこで在校生徒を介して情報を操作し、今現在社交界で微妙な均衡を保っている両王子派と、いまだに態度を鮮明にしていない家の者達を煽って、疑心暗鬼に陥らせよと仰るのですか!? それであわよくば、各家の攻略や排除の手段の糸口を掴もうと目論んでおられるわけですか!?」

 無茶振りにも程があるだろうと、内心で否定して貰えるのを期待しながら彼女は口にした。しかし彼女の身内達は、微塵も容赦がなかった。


「正に、その通り。静かな水面下でうごめいている連中の思惑の中に、巨石を投げ込んでかき回せ。それが王太子選定と共に、当面のお前の役目になる」

「一応言っておくが、それは公爵令嬢としての品性を保つのが前提条件だからな?」

「反骨精神旺盛な令嬢である必要があるけど、マグダレーナは実際そうだし、演じるまでもないよね?」

 そんな男達の発言を聞いたマグダレーナのこめかみに、青筋が浮かぶ。


「お兄様……、一言余計です。それに、お父様。私に拒否権はないのですね?」

「ない。我が家の行く末は、全面的にお前の判断に委ねる」

「お父様……。本当に、どうなっても知りませんよ? できるだけ、公平にお三方を観察してみますが」

 完全に諦めて溜め息を吐いたマグダレーナに、ランタスが頷いてみせる。


「ああ、それで良い。それから、王子達の選定期間は入学後一年間だ。ちょうど今年第三王子殿下が入学されて、三人の王子殿下が揃ってクレランス学園に在籍される。今年最上学年の第一王子が卒業されるまでが期限だ」

「さすがにそろそろ次期国王の座を明確にしておかないと、本格的に国が割れかねないからな。陛下もそれで納得してくださっている」

「畏まりました」

 父に続いてテオドールからも選定期間について言及され、マグダレーナはとうとうここで腹を括った。


(これは本気で、一年間じっくりお三方を観察するしかないわ。そうは言っても……。同じ学年になるエルネスト殿下はともかく、二人の兄君達とは学年が異なるし、十分に人となりが知れるとは思えないのだけど……)

 かなりの不安を抱えつつも、マグダレーナは傍目には落ち着き払った表情で、それから少しの間テオドールからの注意事項や指示内容に耳を傾けていた。







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