(4)些細な応酬
「リロイ殿は相変わらず、決まった相手がおられないのかな? 未だに妹君をパートナーにされているとは」
「ですが優秀すぎる妹君が側にいるとリロイ殿が益々縁遠くなりそうで、他人事ながらつい心配になってしまいますね」
薄笑いでの揶揄するような台詞だったが、マグダレーナは今更それくらいで気分を害したりはしなかった。
(勝手にほざいていなさい、この腰巾着風情が。お兄様が、あなた達の醜態を心の中で笑い飛ばしているなど、微塵も察せないくせに。こんな連中と遠くても一応縁戚だなんて、本当に気が滅入るわ)
キャレイド公爵家を自派に取り込もうと、これまで二人の家から何かにつけて絡まれてるたびにやんわりとお引き取り願っていたマグダレーナは、心底うんざりしながら目の前の二人を眺めた。そんな妹の前で、リロイが満面の笑みで言い出す。
「別に、心配になることはないのではないかな? マグダレーナは並の貴族令嬢では足下にも及ばないくらいに容姿端麗で頭脳明晰で自慢の妹だから。そんなマグダレーナをものともせず私を口説きに来てくれる情熱的な女性でないと、自分の一生を捧げる気にはならないしね」
「…………」
(お兄様……。ネシーナ様が様いるのに、そんな恍惚とした表情で堂々と妹自慢をしながら、口からでまかせを垂れ流さないでください。皆さんがどう反応すれば良いのか、本気で困っています)
マグダレーナが密かに呆れていると、何とか気を取り直したバナンとルーランが、彼女に話の矛先を向けてくる。
「そっ、それはそうと……、マグダレーナ嬢も相変わらずというか何というか、慎みに欠けるところがあるね」
「そうだな。優秀なのは認めるが、それをひけらかして誇示するのはどうかと思うが。周囲に色々と差し障りがあるとは思わなかったのかい?」
「申し訳ありません。何のことを仰っておられますの? 心当たりが無いのですが」
素知らぬ顔でマグダレーナが問い返すと、バナンが舌打ちを堪えるような表情で続ける。
「開会の時に陛下が言及された、成績開示と掲示の事だ」
「あれがですか? 私は贈賄にて成績を操作したとの謂れの無い誹謗中傷を受けたので、それが事実無根だと証明したまでです。お二方は、私の要求を受け入れた学園長と国王陛下の判断が誤りだったと主張されるのですか?」
「そんなことは言っていないだろう!!」
「大体、少しばかり頭が良いと思って、女のくせに男より良い成績を取って平然としているだなんて、どうかしているんじゃないか!? 女は黙って引っ込んで、男を立てるものだろうが!!」
ルーランがそんな怒声を放った瞬間、周囲の空気が僅かに張り詰めたものに変化した。それは少し離れた所から彼女達を取り囲むようにして観察している女性達のものであり、その微妙な変化を察知したマグダレーナは、笑い出したいのを堪える。
(実際、そう考える女性も一定数存在しますが、あなた達はたった今、この付近にいる女性達の半数以上を敵に回しましたわよ?)
そしてマグダレーナが反撃に移る一瞬前に、リロイが貴公子然とした笑顔で告げる。
「ああ、ひょっとして君達は、私がキャレイド公爵家の家督を任せられないほどの頼りない嫡男の上、マグダレーナの嫁の貰い手が無くなりそうで我が家の将来が心配だと、心から案じてくれているのかい? 他家の行く末をそれほど案じてくれるなんて、なんて優しいのだろう。マグダレーナ、そうは思わないかい?」
「……そうかもしれませんわね」
「いや……」
「何も、そこまでは……」
(お兄様の、嘘くささ全開の笑顔……。周囲の皆様もどう対応すれば良いのか、困っていらっしゃるわ)
さすがのマグダレーナも、半ば呆れながら適当に相槌を打つ。するとリロイは、笑顔のまま話を続けた。
「だが、そんな懸念は無用だよ。我が家の後継者がマグダレーナなのはほぼ確定事項だけど、その後も心配いらないから」
その断定口調に、バナンとルーランは再びどこか皮肉げな笑みを浮かべる。
「そうですか。それは初耳でした。ですが、これだけ気の強い女性の婿に収まろうとする人間が、果たして存在するかどうか」
「分家の人間とかだったら拒否できなさそうですが、相手が少々気の毒ですね」
「違いない。一生上から目線であれこれ指図されるとか、ぞっとするな」
「まあ、しかるべき血筋の方でも入れば、ある程度立場を慮ってくれるとは思いますがね」
(普段は王子達にくっついていがみ合っているのに、こんな時だけ意気投合して随分言いたい放題言ってくださること。確かに王子が臣籍降下して公爵家に婿入りというなら格式としては申し分ないし、これまでに幾つも前例がありますしね。さあ、その余裕がどこまで続くか見物だわ)
そこでリロイが不思議そうな表情を装いながら、次の一手を繰り出す。
「二人とも、何か誤解していないかい? どうしてマグダレーナが家督を継いだら、婿を取らないといけないのかな?」
そう問われた二人は、途端に困惑した表情になった。
「はい? リロイ殿?」
「え? ですが……」
「我が国では女性の家督継承は認められているし、数は少ないけど実際に当主として立った実例はあるだろう? 知らないのかな?」
「いえ、それは知っていますが……」
「次期当主が幼少とかで、暫定的な就任が殆どで……」
「そうだよ。だからマグダレーナの次世代で、優秀な人材を見つけて養子にすれば良いだけの話じゃないか」
そこまで聞いて呆気に取られたバナンとルーランに向かって、マグダレーナが胸を張りつつ会話に割り込む。
「その通りですわ。テオドール大叔父上のご子息のダニエル様を筆頭に、我が家の分家筋には、優秀な方々が数多くいらっしゃいますの。私としてはそちらの方々に本家の家督を譲っても良いと考えていますが、皆様、分家の立場を越えると固辞されて引き受けていただけませんでしたから……。私の次は、そちらの方々の子女の中から、最も見込みのある方と養子縁組して、キャレイド公爵家を存続させようと考えておりますわ」
「父上も母上もそれは同意しているからね。家督を継ぐなら婿を取って結婚しろとか、マグダレーナに無理強いをするつもりはないから」
「リロイには家督を任せられないが、孫だったら大丈夫かもしれないから、早く身を固めてくれとも言われていますわよね? それをサラッと流さないでいただきたいわ」
「……そこは流して欲しかったよ、マグダレーナ」
わざとらしく情けない顔で項垂れたリロイに、マグダレーナは本心から笑いを誘われてしまった。しかし予想外過ぎる話の流れに、バナンとルーランを含む周囲の者達は唖然として固まる。しかしリロイとマグダレーナは、容赦なく次の攻撃を繰り出した。




