(3)蠢く思惑
国王に促された奏者達によって音楽が流れ始めると同時に、まず最初のダンスをする者達が大広間の中央に進み出た。この場合は王族である第一王子のユージンと彼の婚約者であるフレイア、第二王子のゼクターと彼の婚約者であるメルリースである。僅かに互いへの敵愾心を滲ませながら二組が腕を組むと、それを確認した奏者達が舞踏用の曲を奏で始めた。
完全に第三者の立場でその光景を眺めていたマグダレーナは、周囲の者達に聞こえないように細心の注意を払いながら兄に囁く。
「陛下は相変わらず、形だけでも王妃陛下と踊ったりしないのですね」
その揶揄するような台詞に、リロイも皮肉を含ませた声音で応じる。
「本当に今更だな。ご成婚された当初から、そうだと聞いている」
「そうかといって側妃の方々が王妃陛下と一緒に参加して、陛下と踊るわけにもいきませんものね。王妃陛下が出席している場に、側妃は同席できない決まりですもの。王妃不在の場合に、名代を命じられているならともかく」
「そうだな。王妃と側妃の序列は厳格だ。そんな王妃を添え物に過ぎない状態にしておいても、取りあえずナジェル国との国交に破綻を来さず友好関係を保っている陛下と大叔父上達の手腕には、感心するしかないな」
「全く同感ですわ。それにしても……」
「ああ。エルネスト殿下が、相変わらず悪目立ちしているな」
パートナーのいないエルネストが、王座に近い位置で平然と佇んでいるのを認めたマグダレーナは、なんとなく苛立ちを覚えた。そんな妹の様子を横目で眺めたリロイは一瞬薄く笑ったものの、すぐにそれを消し去って王子達のダンスと、それを眺めている貴族達の様子を鋭く観察していく。
そうこうしているうちに一曲目が終わり、二組が一礼して中央から引き下がる。次は上級貴族達の踊る順番であり、その中でも若手の者達が間奏が流れる広間の中を動き始めた。
「さて、それでは私達も行こうか」
「ええ、そうですね」
そして兄妹で腕を組むと程なくして始まった曲に合わせて踊り出したが、リロイが不敵な笑みを浮かべながら提案してくる。
「今夜はただでさえ我が家は注目を浴びているのだから、この際、盛大に引っかき回しておこうと考えているのだが。どうかな?」
そんなことを如何にも楽しげに言われてしまったマグダレーナは、嫌そうな表情になりながら言葉を返した。
「お兄様の口から出た時点で、相談ではなくて通告だと思うのですが」
「私は可愛い妹に、命令する気は欠片もないよ?」
「それはそれとして、何か気になる事でもありましたか?」
「エルネスト殿下が単独で参加されているが、どうもそれとマグダレーナの婚約者が決まっていないのを結びつけて、勘ぐっていそうな者が何人かいそうでね」
そんな中途半端に目端が利いて兄に目をつけられた迂闊者がいたのかと、マグダレーナは舌打ちしたいのを堪えながら話を続けた。
「お兄様にそんなことをあっさり読み取られるような人物なら、大した脅威にはならないと思いますが。これまでのお兄様の放蕩息子の擬態と私の婿取り話の匂わせで、誤魔化せそうにはないのですか?」
「できなくもないとは思うのだが、向こうから絡んでくる気満々の人間がいるようだし、それを利用してこの機会にもう一押ししておきたくなってね」
にやりと嫌らしく笑って見せた兄に、マグダレーナは色々諦めながら話の先を促す。
「分かりました。それで、肝心の話の流れはどのようになるのですか?」
「私に臨機応変に合わせてくれれば良い」
「また、そんな無茶ぶりを……」
「マグダレーナだったら、無茶にはならないさ」
明るく断言した兄に向かって、マグダレーナは早くも何回目かになるか分からない溜め息を吐いた。
「はいはい、どんなお話でもその場で即座に合わせて差し上げますわ。お任せくださいませ」
「うん、楽しいなぁ。さすがにネシーナには、こんな無茶ぶりはできないからね」
「……実の妹も多少は気遣っていただきたいと思うのは、贅沢な願いでしょうか?」
妹で遊ぶのもほどほどにして欲しいと思いつつも、未来の兄嫁に対しては無茶なことはしないらしいと悟ったマグダレーナは、少しだけ安心した。そして曲が終わると共に腕を解いて互いに一礼し、兄妹で次に踊る者達と入れ替わりに壁際へと移動する。そしてトレーを手にして行き来している給仕からグラスを受け取って談笑をしていると、複数の人間が二人のいる場所に歩み寄ってきた。
「マグダレーナ」
その囁きで、マグダレーナはその者達を視界の端に捉えつつ、密かに笑みを浮かべる。
「ええ。さすがに衆人環視の中、殿下達が直に絡むわけにはいきませんものね」
「それにしても唯々諾々と馬鹿に従って馬鹿な事をするとはな。考え無しにも程がある」
「お兄様と比べたら、世の中の殆どの方は馬鹿の範疇に入りますから。ある意味、仕方がありませんわ」
「おや、嬉しいことを言ってくれるね」
そして兄妹で臨戦態勢を整えていると、さりげなさを装いながら声をかけてきた人物がいた。
「お邪魔してもよろしいですか? リロイ殿、マグダレーナ嬢」
「お二人とも、ご無沙汰しております」
「ああ、バナン殿。ルーラン殿。卒業以来だね」
「こちらこそ同じ時期にクレランス学園に在籍しておりますのに、滅多にお目にかかる機会がなくてご無沙汰しております」
ユージンの側付きである貴族科上級学年のバナン・ヴァン・スピオルトと、ゼクターの側付きである貴族科下級学年ルーラン・ヴァン・デュアックが肩を並べてやって来た事に、マグダレーナは僅かな驚きと共に、敵の敵は味方とでも言いかねない短絡さに呆れる。しかし彼女はそんな内心など微塵も面には出さず、笑顔で彼らに対峙した。




