(2)壮大な茶番
家族揃って舞踏会会場の大広間に足を踏み入れた直後、会場内のあちこちから伝わってくる囁き声に、マグダレーナは軽く眉根を寄せた。
「いらしたわよ……」
「あれが、キャレイド公爵家の……」
さすが当主夫妻としての貫禄でランタスとジュリエラは微塵も動じずに笑顔のまま足を進めたが、微妙に不機嫌さを顔に出してしまった妹に、リロイが茶化すように囁きかける。
「予想通り……、いや、想像以上の人気者みたいだね、マグダレーナ」
「お兄様……、うっかり足を踏んでしまうかもしれませんので、私の集中力を切らさないでいただきたいのですが」
「それはすまないね。周囲からの視線が痛くて、つい口が滑ったよ」
「痛くもかゆくも思っていらっしゃらないくせに」
腕を組んで歩きながら、本気で兄の足を踏みつけてしまおうかと考え始めたマグダレーナだったが、入場して幾らも立たないうちに王族の入場が告げられる。それでマグダレーナ達も上級貴族達が揃っている前方で待機していると、続けて進行役が声を張り上げた。
「国王陛下、王妃陛下のご入場です」
それに合わせて、大広間内の人間が一斉に頭を下げて主君夫妻を出迎える。家臣達の前に国王であるレイノルと王妃であるソニアが進み出て、一段高い所に設置してある玉座に腰を下ろした。それを察知して頭を上げた家臣達に向かって、レイノルが穏やかな笑みで語りかける。
「皆、今宵は、私の生誕記念祝賀会に参加してくれて感謝する。これからも、我が国の安寧と繁栄のために尽くして貰いたい」
端から見れば威風堂々とした賢王の風格であったが、裏事情を知りすぎたマグダレーナからすれば、その笑顔は胡散臭すぎる代物だった。そしてその予想に違わず、レイノルはこの場で口にしなくても良い事について言及し始める。
「今回の宴を開催する前に、一言言っておきたいことがある。キャレイド公爵、ならびに公爵令嬢はこちらに来てくれ」
「はい、陛下。何事でございましょうか」
半ば予想していたランタスは、マグダレーナを促して玉座の前に進んだ。
(本当にろくでもないわ! 茶番もほどほどにしていただきたいわね!?)
こんな公の場で、自身の汚点を蒸し返される羽目になったと察したユージンとゼクターは、盛大に顔を引き攣らせた。しかし父親に怒りをぶつけるわけにはいかず、結果としてマグダレーナにその矛先を向ける。その怨念の籠もった視線を無視しつつ、マグダレーナは父親と並んでレイノルに向かって一礼した。
「過日、クレランス学園内で、キャレイド公爵家とご令嬢の名誉を損ないかねない事態が発生したと、学園長より連絡を受けた。その原因が我が子息達であると聞いて、事態収束に向けて迅速な対応をさせて貰ったつもりだが、その後、問題は無いだろうか?」
レイノルが切り出した台詞は白々しいにも程があったが、ランタスは恭しくそれに答えた。
「ご下問の内容につきましては、学園内で適切な対応がなされ、我が家及び娘の名誉を微塵も損なっていないことをご報告いたします。国王陛下におかれましては我が家の立場を慮っていただき、恐悦至極でございます」
「それは良かった。安堵したぞ。それはそれとして、王子達の不見識により多大な迷惑をかけたことは事実。本人達に代わって謝罪する。この通りだ」
座ったままの状態とは言え、国王が一臣下に頭を下げたことで、会場内にざわめきが広がった。そんな主君に、ランタスが恐縮気味に声をかける。
「陛下、顔をお上げください。私も娘もそのことに関しては、もう何とも思っておりません。そうだな? マグダレーナ」
「はい、その通りです。学生同士の論争から予想外に騒動が広がってしまったことで、今では深く反省し、恥じ入っております。できれはそのお話は、これで終了とさせていただけないでしょうか」
「うむ、当事者のマグダレーナ嬢がそう言うのなら、ここで手打ちにするべきであろうな。王妃も同意見であろう?」
あっさり話を終わらせようとする素振りながら、実はそうではないレイノルに、マグダレーナは本気で苛立った。
(ちょっと!? あっさり話を終わらせる振りをして、何さらっと王妃陛下に話を振ってるのよ!?)
そして唐突に話を振られたソニアは、一瞬当惑した様子を見せたものの、傍らに控えているフレイアを横目で見やってからマグダレーナに険しい視線を向ける。
「そうですわね……。マグダレーナ嬢も反省しているようですが、フレイア王女の成績まで公開を要請したのはどうかと思いますが。我が国とナジェル国との国交を、どう考えて思っておられるのでしょうね」
(一応叔母だし、言及するとは思っていたけれど。でも実の息子に関して、何も言わないってどうなのよ。言ったら言ったで、面倒くさいのは分かってはいるけれど)
半ば呆れながらも、マグダレーナは冷静に言葉を返そうとした。しかしそれより先に、レイノルがのんびりした声で会話に割り込んでくる。
「うん? ああ、今回答案を公開したから、私が学園側に頼んでいた特別措置が公になったのだな。フレイア王女からしてみれば、余計な配慮だったのかもしれない。本人の意向を確認せず、申し訳ないことをした」
「はぁ? 陛下、何を仰っておられますの?」
言われた意味が分からなかったソニアが、困惑しながら問い返した。するとレイノルは淡々と話を続ける。
「国を代表して留学している王女であれば、それなりの知識と見識はお持ちだろう。それに我が国の言語にも精通しているだろうが、学業の面で不利にならないように、試験を受ける際、フレイア王女の答案に関してはナジェル語で作成し、回答もナジェル語での回答を許可して欲しいと予め学園側に申し入れをしたのだ。だが、それが公になったことで、王女の自尊心を傷つけることになったかもしれない。フレイア王女、申し訳なかった」
「いえ、陛下。そんなことはございませんから、お気遣いなく」
いきなり国王に謝罪されたことで、さすがにフレイアは狼狽気味に言葉を返した。するとここでレイノルが、悪意など微塵も感じさせない笑顔で申し出る。
「今後、周囲から妙な隔意を持たれないよう、他の生徒と同様の答案用紙での回答にするように、学園側に申し入れよう。特別扱いは失礼だったな」
「え、あの……、それは……」
「フレイア王女の能力であれば、この国の子女と比べても遜色ない成績は取れるであろう。マグダレーナ嬢はそう思わないか?」
ここで唐突に意見を求められたマグダレーナは、レイノルの笑顔に向かって悪態を吐きたいのを堪える羽目になった。
(だから! ここで私に話を振ってくる辺り、悪辣過ぎるわよね!?)
しかしなんとか怒りを抑え込み、神妙に申し出る。
「……はい。王女殿下とはお互いに競い合って、見識を高め合いたいと思っております」
「結構。それでは話は以上だ。皆、今宵は楽しんでいってくれたまえ。さあ、音楽を」
レイノルの楽しげな声と共に、緩やかな音楽が奏でられ始め、人々が囁き声と共に動き出す。マグダレーナも自身の背中に王子二人とその婚約者達の視線を感じながら、リロイと共に移動していった。




