(1)波乱含みの展開
「長期休暇に入って早々に、国王生誕記念の舞踏会が開催されるなんて。嫌がらせにも程があるわ……。性悪親父は、生まれた時から根性が曲がっていたらしいわね」
ドレスに身を包んだマグダレーナは、王宮に向かう馬車の中で苛立たしげに悪態を吐いた。深窓のご令嬢に相応しくないにも程がある台詞に、向かい側に座っているリロイは噴き出したくなるのを堪えながら、ご機嫌斜めな妹を宥める。
「マグダレーナ。陛下はお前に嫌がらせをするために、この時期に生を受けたわけではないと思うよ?」
「言ってみただけです。混ぜ返さないでください」
「我が妹君は、今夜は随分と機嫌が悪いね。父上達と別の馬車で良かったよ。二人を困らせてしまうからね」
苦笑気味のリロイの台詞に、マグダレーナは不本意そうに返した。
「私も、お父様とお母様を困らせるつもりはありません。同乗しているのがお兄様だけなので、遠慮無く口にしているだけです」
「我が家が上級貴族で、馬車の二台使用が許可されていて幸いだったな」
そこでマグダレーナは一瞬考え込んでから、しみじみとした口調で告げる。
「それに良く考えてみれば、各家当主夫妻、並びに後継者夫妻かそのパートナーのみの参加が認められる催し物では、お兄様のパートナーとして私が出席するのも今年までですね。来年からはネシーナ様を同伴するのでしょうし」
「そうだね。そう考えると感慨深いな」
「今回は本当に気が乗らないのですが、気合いを振り絞って参加しますわ」
「確かに視線が痛いだろうね。色々な意味で」
「休暇直前に、あのような騒ぎが起きましたものね」
「正確に言えば、マグダレーナが引き起こしたのだけど」
「…………」
何とか前向きに参加を考えはじめたものの、茶化すように言われてしまったマグダレーナは、両目を細めて兄を見やった。それを受けて、リロイが妹を宥めながら話を進める。
「まあ、そう怒らずに。あれから色々と水面下で動きがあってね。両陣営とも締め付けに躍起になっている。だから今日の夜会は、なかなか観察しがいがあるはずだ」
「お兄様は面白いでしょうが……」
「マグダレーナだって、絡まれたらおとなしくしている筈がないだろう? 後始末は全面的に任せてくれて大丈夫だ」
含み笑いでそんなことを言われてしまったマグダレーナは、ここで完全に腹を括って頷いた。
「分かりました。その時はよろしくお願いします、お兄様」
「ああ。君の兄が、この国で二番目に頼りになると実感して貰おうじゃないか」
その自信満々の台詞に、マグダレーナは思わず問い返してしまう。
「お兄様が二番目なら、一番目はどなたなのですか?」
「私は謙虚で控え目な性格なものでね。私が知らないだけで、私以上に頼りになる人物がいるかもしれないじゃないか。だから予防線を張っているだけだよ」
「本当に相変わらずですわね」
普段、謙虚という言葉からは対局の位置にある兄に呆れつつも、思わず笑ってしまったことでマグダレーナは心が一気に軽くなるのを自覚した。そして現実的な話題を口にする。
「今夜は両陛下ご臨席に加え、王子王女殿下全員が参加されるのですよね」
「そうだね。エルネスト殿下だけは、パートナー無しでの単独参加だが。その意味でも人目を引くね」
「それは今に始まった事ではないのでしょう?」
するとここでリロイは、僅かに困惑気味に口にする。
「本当に、泰然自若と言えば聞こえは良いが、以前から何を考えているのか良く分からないところがあるお方だからなぁ」
妙にしみじみとした口調に、マグダレーナは思わずその顔に笑みを浮かべた。
「お兄様にそんなことを言わせてしまうだけで、ある意味大したものですわ」
「それは同感だ。だが、それだけで推すわけにはいかないさ。今後のこの国の舵取りがかかっているからね」
「分かっています。ごく最近の両派閥の動きで気になる事柄はありますか? 屋敷に戻ってからこの間の報告書には目を通しましたが、お兄様から見て補強する事があれば、会場に到着する前にお伺いしておきたいのですが」
「そうだね……、じゃあ幾つか教えておくよ」
それから少しの間、兄妹での密談が続く。そうこうしているうちに、キャレイド公爵家の馬車は、無事に王宮に到着した。




