(40)内輪話
定期試験後、特別授業や記念講演などの催事が終了して、クレランス学園は長期休暇に入った。マグダレーナは必要な荷物を纏め、公爵家から差し向けられた馬車で寮から屋敷に戻る。見慣れた屋敷の玄関前に降り立ち安堵したのも束の間、複数の使用人とともに出迎えた執事長が、マグダレーナに恭しく頭を下げながら報告してきた。
「お嬢様、お帰りなさいませ。第一応接室で公爵様、リロイ様、テオドール様がお待ちです。戻り次第顔を出すように、言付かっております」
その容赦がなさ過ぎる報告に、マグダレーナは顔が引き攣りそうになるのを何とか堪えながら言葉を返した。
「そう……、分かりました。それでは荷物を部屋に運んでおいてください。お母様とミレディア、エルシラには、後で顔を見せると伝えておいてくれるかしら」
「畏まりました」
(予め寮から戻る日程は伝えておいたから、頃合いをみて大叔父様が訪ねてくるとは予想していたけど。私の帰りを待ち構えているとはね。恐れ入ったわ)
完全に開き直りながらマグダレーナは廊下を進み、一癖も二癖もある男達が待ち構えている部屋に到着した。そしてドアをノックして、返答を待たずにそのまま入室する。
「お父様、お兄様、ただいま戻りました。大叔父様、ご無沙汰しております」
重厚なソファーの前まで進み、マグダレーナは一礼して帰宅の挨拶を口にした。すると血縁者の男達は、揃って苦笑の表情で彼女を出迎える。
「お帰り、マグダレーナ」
「戻って早々に呼びつけて悪いな」
「元気そうで何よりだ。あれだけの騒ぎを起こせるとは、期待以上だったな」
テオドールのその台詞に、マグダレーナはうんざりしながら確認を入れる。
「お尋ねするまでもないとは思いますが、例の件、王宮内でも相当話題になりましたのね?」
「ああ。学園長からの一報を受けた時、あやつは『さすがはテオドールの血縁者だな! 期待以上の働きぶりだ!』と、腹を抱えて爆笑しておったぞ。そして上機嫌のまま、すぐさま書簡をクレランス学園に送り返していたからな」
それを聞いた彼女は、思わず溜息を吐いた。
「やはりご自身の息子のプライドや羞恥心などには、微塵も配慮する気はなかったのですね」
「予想はついていた。あれはそういう男だ」
「…………」
ランタスとリロイがなんとも言えない表情で口を閉ざす中、マグダレーナは思わずと言った感じで感想を述べる。
「大叔父様達は、今までよくそんな人でなしの下で働いてこられましたわね」
「能力があれば、まともな人間性などなくても些細な事だと割り切った。現にそれで問題なく治世を回せていたからな」
「陛下の周囲を、大叔父様達のような優秀な方々が固めていたからですわ。ですが次代になったらそれがどうなるか、全く予測がつきません」
そのマグダレーナの台詞で、室内の空気が瞬時に張り詰めたものに変化した。
「それが現時点でのお前の見解か」
時間を無駄にせず、テオドールが問いかける。それにマグダレーナは真顔で頷いた。
「はい。ユージン殿下は第一王子である立場から、当然自らが立太子されると思い込んでおられ、それが傲岸不遜な振る舞いにつながっています。加えて思慮に欠け、周囲への配慮も欠け、粗暴な言動が目について人望も乏しいかと。ゼクター殿下は兄よりは不利であるのを十分理解した上で、それを覆すための駆け引きや策謀を巡らせようとする見識はお持ちのようですが、どうにも小物感が否めません。自らの能力や魅力の向上ではなく、他者や周囲を貶めて自らを上に見せようとするタイプのお方だと思われます」
「容赦がないな。でも私も直に目にしていたから、否定はしないよ」
これまで同時期に学園に在籍していた二年間で、二人を目の当たりにしてきたリロイが苦笑を深める。ここでテオドールが話の続きを促した。
「それで? お前から見たエルネスト殿下はどうだ?」
そう問われた途端、マグダレーナは渋面になりながら端的に答えた。
「一言で言えば……、理解不能で面倒くさい方ですね」
しかしそれを聞いたランタスとリロイが、揃って意外そうな顔つきになる。
「ほう? お前が、誰かを良く分からないと評するのは、初めて聞いた気がするな」
「そうですね。使用人でも街に出向いてあった人間でも、後で聞くと的確な感想や評価を口にしていた筈ですし。具体的にはどんなところが?」
兄から不思議そうに問い返されたマグダレーナは、直接的な返答を避けてテオドールに視線を向けた。
「大叔父様にお尋ねしますが、エルネスト殿下の幼少期からの教育はどのようになされていたのかご存じですか? 王子殿下ごとに、違う教育係が担当していたのでしょうか?」
唐突に問われたことで、テオドールは一瞬当惑した表情になったものの、すぐに真顔で応じる。
「いや、全員同じ教育係が配置され、同じ内容を指導されていた」
「ご兄弟揃って指導されていたのでしょうか?」
「そうではなく、各自の部屋に各方面の教育係が出向いての個別指導だ。それがどうかしたのか?」
「そうなると王宮の上層部の方々は、三人の王子殿下のそれぞれの進捗状況や習熟度を、教育係の方々から報告を受けるのですね?」
「ああ。実際そうだな」
「大叔父様の耳に入っている、各教育係からのお三方の評価はどうなっておりますの?」
そこで探るような視線を向けてきたマグダレーナに、テオドールは真正面から見返しつつ告げる。
「上の二人は、さまざまな問題あり。エルネスト殿下は可もなく不可もなく、だ」
「なるほど、良く分かりました。大叔父様は、その辺りに賭けておられるのですね」
淡々とマグダレーナが口にした瞬間、テオドールはその顔に微かな笑みを浮かべた。