(39)探り合い
「お二人とも、リロイ様への傾向と対策は、この先いつでもできると思います。取りあえず話を元に戻しませんか?」
呆れ気味にかけられた声に、ネシーナとマグダレーナは苦笑しながら応じる。
「そうね。ごめんなさい、ユニシア」
「確かに、今回のことで三人の王子殿下への態度や評価がどうなるのか、慎重に見極めていく必要がありますわね」
そこで気持ちを切り替えたネシーナは、マグダレーナに問いかけた。
「今までも上のお二人に関しては、お世辞にも有能とは言いがたく軽挙妄動が目につく方々だとは思ってはいましたが、エルネスト殿下に関してはどう考えているのかしら?」
「つかみ所がない方というのが、率直な意見です。性格は悪くはなさそうですが、考えなしなところがあるかと。それに平民とは平気で交流しようとするのに、貴族とは微妙に距離を取っている気がしますので」
即座に言葉を返したマグダレーナだったが、ここでユニシアが含み笑いで会話に加わる。
「本当に考えなしなのか、もしくは考えなしを装っているか、ですね。その方が、周囲との軋轢が少なく済みそうですし」
その意見に、マグダレーナは無意識に眉根を寄せながら応じた。
「……あれが演技ですか? ユニシアさん、あの方を少々買いかぶりすぎではありませんか?」
「そうかもしれませんが、この際、あらゆる可能性を考えておくべきではないかしら?」
「一理ありますね……」
思わずマグダレーナは難しい顔になって考え込んだ。しかしそれは短い間に過ぎず、すぐに顔を上げて再び意見を述べる。
「現時点では上の二人よりエルネスト殿下の方がまともだとは思いますが、それだけで後継者として推せるかどうか判断できません。それに現実問題、エルネスト殿下を後継者と認定したとして、スムーズに王位継承が可能になるとは思いませんから」
それにネシーナとユニシアが真顔で頷く。
「それはそうですね。引き続き王子殿下周辺の交友関係など、引き続き調べていきましょう」
「今度の長期休暇中に、それぞれの王子殿下と積極的に関わり合いたくないと考える家が出てきそうですしね。そうなるとその家の子女も、学園内で王子達とは距離を取ろうとするはずです」
「私達は引き続き、学園内の状況を注意深く観察していきましょう」
そこで意思統一をしてから、三人はひと時、他愛のない世間話で盛り上がった。そして頃合いを見て、マグダレーナが一足先に隠し部屋を出る。引き続き慎重に資料室から廊下に出て歩き出し、そのまま第二教授棟を出たところでエルネストと鉢合わせした。
「やあ。こんな所で奇遇だね」
「……どうも」
つい先ほどまで話題にしていた人物の登場に、マグダレーナの眉間にわずかに皺が寄った。軽く会釈してそのまま通りすぎようとした彼女に、エルネストが声をかけてくる。
「君にちょっと聞きたいことがあるのだけど、構わないかな?」
王族にそう言われて無視するわけにもいかず、彼女は舌打ちを堪えつつ足を止める。
「何のご用でしょうか。これから用事がありますので、できれば手短にお願いします」
「それでは単刀直入に尋ねるけど、どうしてああいう下手を打つような事をするのかな? 兄上達相手なら、本来の君ならどうとでもあしらえると思うけど」
心底不思議そうに問われたマグダレーナは、瞬時に表情を消して問い返した。
「今のお言葉だけでは何についてのお尋ねなのか、判断いたしかねます」
「『手短に』と言っておいて、本当に分からない? それとも分からないふりをしているのかな?」
「…………」
(この人は本当に、人を苛つかせる才能はあるわね。もしかして父親譲りかしら?)
うっすらと笑みを浮かべながら、エルネストが問いを重ねてくる。それを忌々しく思いながらも、マグダレーナは平常心を保ちながら無言を貫いた。
「それでは言い方を変えようか。兄上達を怒らせるなんて、君にとっては何もメリットはないはずだ。 違うかい?」
その問いかけに、マグダレーナは落ち着き払って答える。
「違いませんが、向こうから絡んでくるのですから、どうしようもないと思われませんか?」
「まあ、それは確かに。君の挑発にあっさり乗る兄上達の方が、思慮が足りないと言われても仕方がないだろうね。でもそうなると、君は損得勘定抜きで兄上達との間でもめ事を引き起こしていることになる。誰かからの要請か、家族からの指示とか?」
「何を仰っておられるのか意味不明ですわね」
素っ気なく言い返されても、エルネストは表面的には気を悪くしたりはしなかった。
「分からないのならそれで構わないけど、無理はしない方が良いよ。同じクラスの生徒だし、一応忠告だけはしておこうと思っただけだから。それでは失礼するよ」
「はい、失礼します」
苦笑いをしながら短く告げたエルネストは、あっさりと踵を返して再び第二教授棟に向かって歩き出す。それを無言で見送ったマグダレーナは、彼が棟内に姿を消してから再び歩き出した。
(何なのよ、あの人。鈍いのか鋭いのか、本当に分からないわ。調子が狂うわね)
直前のやり取りを脳内で反芻しつつ、マグダレーナは独り言を呟く。
「これは、ユニシアさんの推測が当たっているのかしら? 何と言っても食わせものの陛下の息子だし、可能性は皆無ではないのかもね……」
無意識に難しい顔になりながら、マグダレーナはしばらくの間、エルネストの人となりについて考えを巡らせていた。