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悪役令嬢は優雅に微笑む  作者: 篠原 皐月
第1章 とんでもない貧乏くじ

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(37)容赦のない展開

「マグダレーナ様、おはようございます。大変残念なお知らせがあります」

 身支度を済ませたマグダレーナが寮の玄関を出ると、なぜかその前でレベッカが鞄を持って待ち構えていた。マグダレーナは、彼女の強張った顔つきを訝しく思いながら挨拶を返す。


「レベッカ、おはよう。朝からそんな怖い顔をしてどうしたの?」

「マグダレーナ様を含めた6人の答案全てが、講義棟正面玄関ホールに掲示されています。しかも国王陛下の直筆書簡付きです」

「何ですって⁉︎」

 予想外の報告に、マグダレーナは度肝を抜かれた。しかしなりふり構わず駆け出して向かうわけにもいかず、足早に講義棟へと向かう。


「学園長も陛下も、仕事が早過ぎない⁉︎ ユージン殿下とゼクター殿下が、それぞれの母親や後見の貴族達に取りなしを頼んで事を公にしないように画策するのを期待していたのに!」

「……儚い期待でしたね。心中、お察しします」

 可能な限りの早足で歩きながら、マグダレーナが苛立たしげに愚痴を零す。並んで進むレベッカが、そんな彼女に憐憫の眼差しを向けていた。



 二人が講義棟に到着すると、まだ朝礼時間には余裕があるにもかかわらず、正面玄関ホールは黒山の人だかりになっていた。しかしマグダレーナは、人垣の向こうの壁のかなりのスペースを使って、答案用紙が掲示されているのを認める。彼女に気づいた周囲の者達が囁き始める中、どうやら最前列に陣取っているらしい人物達の聞き覚えのある声が響いてきた。


「なあ、ディグレス。これって本当に、陛下の直筆か分かるか?」

「分からない。陛下の直筆の書類など、当主でもない私が目にする機会はないからな。だがこのように貼り出されているのだから、もし違う物だったら学園側が虚偽の文書を公表したことになる。常識的に考えて、本物で間違いないだろう」

「それもそうだな」

 声高に言葉を交わしているのがイムランとディグレスだと察したマグダレーナは、朝から何をやっているのかと内心で舌打ちした。するとイムランが、答案用紙と一緒に張り出されているらしい文書を読み上げる。


「ええと? 『この度、王子達とその婚約者達が公衆の面前でキャレイド公爵令嬢、並びにキャレイド公爵家の名誉を著しく傷つける発言をしたこと、加えてそれを撤回せず、謝罪に及ばなかったことは到底容認できない事態である。従ってキャレイド公爵令嬢の要求通り、令嬢を含む当事者6名の答案開示に関して、私は学園側の判断を全面的に支持する。万が一、この決定に不服を唱えたり、答案の破損などの妨害行為をする者がいた場合、学園側で厳密な処罰を行うよう要請する。以上、レイノル・ジェス・アンティル』か。容赦ないなぁ……」

 しみじみとした口調のイムランの台詞に、ディグレスの感嘆の声が続く。


「事が起きたのは昨日の夕刻なのに、翌日の朝には全ての処理を終えているとは。学園長も陛下も仕事が早い。さすがだな。人の上に立つのであれば、職務に対する姿勢はこうでなくては」

「それ、感心する所なのか?」

「それに自分の息子だからと大目に見たりせず、公正であられる。尊敬すべき主君だろう」

「いや、まあ……。それは確かに、そうなんだろうけどな」

 ディグレスが真顔で賞賛し、イムランが微妙な表情で応じる。周囲の者達も迂闊なことは言えず、ホール内は静まり返っていた。 


「…………」

「マグダレーナ様。平常心でお願いします」

 口を閉ざして無表情になっていたマグダレーナに、レベッカが小声で囁く。それを受けて、マグダレーナは彼女に視線を向けた。


「レベッカ。何を言っているの?」

「エルネスト殿下は駄目でも、ディグレス様だったら殴り倒すくらいしても良いかと、チラッと思ったりしていませんか? 王子殿下でなくても、八つ当たりは駄目です」

「……昨日も思ったけど、あなたは本当に目聡いわね」

 他人に心の内を読まれるなど、私もまだまだと言うことよねと、マグダレーナは内省した。そうこうしているうちに、ホールのあちこちから囁き声が伝わり始める。


「何と言うか……、凄いわね」

「本当に、一目瞭然ですこと」

「マグダレーナ嬢の筆跡は全て同じに見えるし、各担当教授が改ざんとかあり得ないよな」

「ごく稀に減点されている箇所があるが、表現の違いや綴りの間違いみたいだし」

「だが、事前に正解を教えて貰っていれば、正しく回答できるんじゃないか?」

「学園長が、これまで如何なる要請にも応じていないと宣言したのに? そして一部始終を陛下にまで報告したのに、マグダレーナ嬢に忖度したと?」

「……あり得ないな。色々な意味で」

 当初はマグダレーナの回答に感心する台詞が殆どだったが、自然に他の五人の答案内容を揶揄する流れになってくる。


「それにしても……、マグダレーナ様以外の方の答案が色々な意味で凄いですわね」

「ええ、確かに。答案用紙の白さが際立っておりますわ」

「まあ、そんな言い方……」

「分からないまでも、もう少し書き込んでおこうとは思わないのか?」

「得意な所だけ、余計なことまで書き込んでいる方もいるようだがな」

「ほら、フレイア様の答案。問題文がナジェル語で書かれていますし、回答もナジェル語で記入しておられるのに……」

「確か『試験が母国語でないので、それだけで不利ですわ』とか仰っておられましたわよね?」

「母国語でも、あの程度とは……」

 普段から色々と思うところがあった者達は、侮蔑の表情と口調を押さえつつも、それが滲み出る囁き声を漏らす。それが明確に聞こえないまでも雰囲気でそれと察したらしい問題の王子二人は、マグダレーナよりも更に後方から最前列にいる二人を怒鳴りつけた。


「イムラン! 何を無駄話をしている! さっさとその答案用紙を剥がせ!」

「ディグレス! 貴様も何を惚けている! 全て破り捨てろ!」

 しかし揃って背後を振り返ったイムランとディグレスは、人垣の向こうに向かって淡々と断りを入れる。


「お言葉ですが、ユージン殿下。学園側が掲示してある物を、一生徒が無断で剥がせません。こちらに学園長名で、『本日から一週間掲示とする。損壊行為に及んだ者は厳しく罰する』と書いてありますので」

「破棄したければ、ご自分でどうぞ。私は父からゼクター殿下の側付きを命じられましたが、その役目に『殿下の代わりに罰を受けること』などは含まれていないと認識しております」 

 揃って正論を繰り出した二人に、ユージンとゼクターは憤怒の形相になりながら、自分の周囲にいた側付き達に命じた。


「貴様、私に歯向かう気か! お前には頼まん! お前達、さっさとあれを始末して来い!」

「お前達もだ! さっさとやれ!」

 しかし周囲にいた側付き達も、揃って顔を見合わせながら逡巡するだけだった。


「あ、いえ、それは……」

「あのように記載してある物をどうこうするのは……」

「色々と差し障りが……」

「貴様ら……、揃いも揃って使えん奴らばかりだな!」

「もう良い! お前達の家に、報告しておくからそう思え!」

「あ、お待ちください!」

「殿下!」

 憤然としながらユージンとゼクターは踵を返し、腰巾着にしか見えない側付き達が慌てて後を追う。それをイムランは、呆れ顔で見送った。


「やれやれ、騒がしいことだな」

 そんな彼に、ディグレスがさりげなく声をかける。


「良いのか?」

「は? お前だって断っただろう? どうして間抜け野郎の代わりに、俺が罰を受けなきゃならないんだ」

「あの方達は、それが忠誠心だと思っているようだが?」

「お前はそう思うのか?」

「思うわけないからお断りしたまでだ」

「そうだよなぁ、馬鹿馬鹿しいよなぁ。あぁ、やってられないぜ」

「イムラン。口調が砕け過ぎだ。貴族の物言いではない」

「いやぁ、ディグレスが話が分かる奴で嬉しいぞ」

「おい、くっつくな! 本当に馴れ馴れしい奴だな!」

 上機嫌に肩を組んできたイムランを、ディグレスが心底嫌そうに振り払おうとする。そんな彼らが壁際から離れると同時に他の者も動き出し、掲示物を見ようとする者と見終わった者との自然な流れができた。


「教室に行きましょうか。見るまでもないわ」

「そうですね」

 溜息を吐いてマグダレーナが促すと、既に内容を確認していたレベッカも頷いて歩き出す。


(あのくそ親父……、本当に余計なことを! 絶対に面白がっているのに決まってるわ!)

 傍目にはディグレスが考えたように、厳正公平な判断を下したと思われる国王の裁定が、実はそうではないだろうとマグダレーナは確信していた。



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