(34)藪蛇
「さて……、ユージン殿下とゼクター殿下に、私からお伺いさせていただきます。お二方はこのクレランス学園の教授陣が、恥知らずにも在籍する生徒から賄賂を受け、成績を改ざんするような人品卑しい人間の集まりだと、そう主張されるのでしょうか?」
自分たちに向かってゆっくり歩を進めるファムビルに対して、ユージンとゼクターは狼狽しながら否定した。
「いっ、いやっ、まさか!? そんなことを思うわけがないだろう!?」
「そうですよ! 先ほどの発言は、ほんの言葉の綾というもので!」
「そうでございましょうとも。お二方が、本気でそんな主張をなさるはずがございません。それは私を初めとする、お二方の授業をこれまで担当してきた教授陣全員が認識しております」
「その通りだ!」
「さすが、見識のある方々は違いますね!」
穏やかに微笑みながらファムビルが告げる。それを聞いた二人は、あからさまにほっとした表情で言葉を返した。しかしそれに、ファムビルの容赦のなさすぎる台詞が続く。
「お二方から入学後、最初の定期試験後に成績の改ざんをしろと迫られても、私どもはいかなる賄賂や恫喝にも屈しませんでしたからな。よもやお忘れとは言いますまい」
「なっ!?」
「お、お前っ!?」
「…………」
(あらあら……、身に覚えがあるから、成績改ざん云々など平気で口にしていたみたいね。こんなところで騒ぎ立てなければ表沙汰になることもなかったのに、少しだけお気の毒だわ)
一気に口調険しくしたファムビルと、彼の背後の教授達から冷え切った視線を向けられたユージンとゼクターは、激しく動揺して絶句した。その狼狽ぶりで、その場全員が事実だと察してしまう。マグダレーナは半ば呆れながら、事態の推移を見守る事にした。
「それを踏まえれば、いかに公爵令嬢から要請を受けたとしても、私どもがそれを受け入れて成績を改ざんすると判断されるわけがありません。それとも……、王子殿下よりも一公爵令嬢の方が重要人物であるなら、また話は違ってくるのかもしれませんが」
「ぶっ。無礼なっ!」
「貴様、教師の分際でふざけるな!!」
マグダレーナより自分が格下などと認めるはずがない二人が、反射的に声を荒らげた。そこで素朴な疑問を覚えたマグダレーナは、控えめに彼らの会話に割り込む。
「随分興味深いお話ですこと。学園長、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「何でしょうか?」
「そうしますと両殿下は入学以降、定期試験のたびに教授陣に成績改ざんを迫っておられたのですか?」
「いいえ、お二方とも最初の一回だけです」
「あら、そうでしたの。さすがに恥というものをお知りになったようですわね」
「貴様!」
「いい気になるなよ!!」
素っ気なく告げたマグダレーナの台詞に、二人が揃っていきり立つ。しかしファムビルは冷静に言葉を継いだ。
「いえ。別に殊勝に考えを改められたわけではありますまい。試験後の長期休暇中に国王陛下から成績に関してのお尋ねがなく、成績表を見せずに済んだので、それ以降改ざんする必要性を認めなかっただけでしょう」
「ああ、なるほど……。あら? でも学園長は、どうして陛下が殿下達に成績を尋ねなかった事をご存じですの? 両殿下からお聞きになったのですか?」
納得しかけたものの新たな疑問が生じたことで、マグダレーナは問いを重ねた。するとファムビルが、予想外の内容を語り出す。
「陛下から内々に、『王子から成績表の提示がなかったので、大して良い成績ではなかったのだろう。それについて何か問題など起こしていないか』とご下問がありました。それで『成績表の改ざんを指示されましたが、拒否いたしました』と成績表の写しとともにご報告したのです」
それを聞いたユージンとゼクターは、揃って顔色を変えた。
「何だと!?」
「まさか、そんな!?」
「……それで、陛下はどんな反応を?」
さすがに顔を引き攣らせながら、マグダレーナが話の先を促す。それにファムビルは淡々と答えた。
「『成績の改ざんなどするには及ばず。以後も同様の要求をするなら、退学させて構わない。それから成績表は、その都度こちらに寄越すように』とのご指示を受けました」
「じゃ、じゃあ……、今までの成績表は、すべて父上に……」
「私達に無断でか!?」
呆然とするユージンと憤怒の形相になるゼクターに向かって、ファムビルが重々しく告げる。
「お二方がご自身でお見せしていれば、それで済む話だったのです。ですが全く問題ありません。陛下は成績の優劣など、気にも留めておられませんからな。『在学中は幅広い交流と、見識を深めるのが最優先。学業など必要最低限の素養だ』と仰っておられました。現に、陛下はお二方の成績を全てご存じですが、それについて叱責された事など皆無でございましょう。真に、玉座にふさわしい度量の深さであられます」
「…………」
しみじみと語るファムビルだったが静まりかえったホールの空気は重く、周囲の生徒達から王子達に向けられる視線は、この時点で間違っても好意的とはいえない代物になっていた。
(学園長……、陛下は度量が深い訳ではなく、単に息子達に感心がないだけだと思います。だからどんな成績を取ろうが、どうでも良いんじゃないでしょうか。成績表を欲したのは陛下ではなく周囲の側近達で、次期国王選定材料の一つにしようとでも思ったけど、ろくでもない成績で余計に頭を抱えたのかもしれないわ)
裏事情を知っているマグダレーナは、この場をどう収めたものかと一人深い溜息を吐いた。