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(33)墓穴

 既にこの時点でマグダレーナ達がいる場所を、少しの距離を置いて生徒達が十重二十重に取り囲んでいたのだが、それを掻き分けるようにしてユージンとゼクターが現れた。その姿を目にした瞬間、フレイアとメルリースが嬉々として婚約者に訴える。


「フレイア、こんな所で何をしている?」

「ユージン様! お聞きくださいませ! 私、あの方が許せませんわ!」

「メルリース。何やら騒がしいが、どうかしたのかい?」

「ゼクター様! マグダレーナ様が、先程から失礼な物言いをしているのです!」

 うっすらと目に涙さえ浮かべながら、フレイアとメルリースはマグダレーナがいかに傲岸不遜で厚顔無恥かをあげつらった。その様子をマグダレーナはしらけきった様子で傍観していたが、彼女達の一方的な話をひとしきり聞いたユージンとゼクターは、面白くなさそうにマグダレーナに向き直った。


「マグダレーナ・ヴァン・キャレイド。貴様、無礼にもほどがあるぞ」

「全くだ。速やかに二人に謝罪しろ」

 二人から居丈高に言い放たれたマグダレーナだったが、それに微塵も恐れ入った風情を見せずに言葉を返した。


「謝罪する理由がございませんし、謝罪が必要なのはフレイア様とメルリース様の方です。お二方は私が定期試験で首席を取れるはずがない。教授に賄賂を渡して成績の改竄を命じたと、私の名誉を著しく傷つける発言をなさったのですから」

 冷静に反論したマグダレーナだったが、ユージンとゼクターは鼻で笑った。


「本当の事だろうが。賄賂を渡す方が悪い」

「全くだ。女が男より良い成績など取れるわけが無いだろう。成績を改竄させるにも、もう少し考えたらどうだ。これでは露見しない方がおかしいぞ」

(婚約者達以上に、思慮に欠けているわね。墓穴を掘っていることに、本当に気がついていないみたい)

 この頃になると、周囲の生徒達の中で顔を青ざめさせたり二人に向かって目配せを送ったりしている者達も現れていたが、彼女の目の前でふんぞり返っている彼らはそれらに全く気がついていなかった。そんな彼らに向かって、マグダレーナは余裕の笑みを浮かべながら問い返す。


「ユージン殿下、ゼクター殿下。今、ご自分が何を口にしたのか理解しておいでですか?」

「当たり前だ。お前が恥知らずな方法で定期試験の成績改竄をさせたと、指摘をしたまでだ」

「恥知らずにもほどがあるな。女は黙って後ろに控えていれば良いものを。それにしても欲張りすぎて馬脚を現すとは、浅慮にも程がある」

(浅慮にも程があるというのは、こちらの台詞なのだけど。後から何も言っていないなどと言い逃れようとしても、これだけの生徒が聞いているのだから噂を完全に打ち消す事はできないでしょうね)

 そこでマグダレーナはわざとらしく溜め息を吐いてから、淡々と指摘する。


「やはりお分かりではないようなので、教えて差し上げましょう。あなた方は私のみならずこの学園と、私達を指導してくださっている教授陣を公衆の面前で侮辱したのです」

「何だと?」

「そんな事はしていない。何を言っている?」

 怪訝な顔で反論した二人に、マグダレーナは明らかな憐れむ口調で告げた。


「ここまで言っても、まだ理解していただけないとは……。仮に私が成績改竄を教授達に要請したとして、首席を取る為には技術度や習熟度で判定する教科以外の、定期試験にて成績を判定する全教科担当の教授全員に賄賂を渡し、かつ教授がそれを受け取って成績改竄に応じる必要があるのです。これがどういう意味を持つのか、お分かりですよね?」

「何を当たり前の事を言っている」

「言葉遊びをして誤魔化そうとする気か」

「それでははっきりと申し上げます。あなた方は複数の教授が臆面もなく賄賂を受け取り、成績改竄に手を貸す恥知らずな人間だと公言されたのです。まさか今更そんな事は微塵も口にしていないと、世迷言を仰ったりはいたしませんよね?」

「……え?」

「あ、いや……、それは……」

 マグダレーナから眼光鋭く睨みつけられた二人は、ここで漸く顔色を変えて口ごもった。すると彼女達を囲んでいる人垣の向こうから、低い声が伝わってくる。


「そうですな。まさかそこまで仰られて、前言撤回などいたしますまい。仮にも王子殿下たるお方の言葉が、それほど軽々しいものの筈がございませんからな」

 その声と同時に生徒達の人垣が左右に割れ、学園長の学園長のファムビルが何人かの教授を従えて歩み寄って来る。


「なっ!?」

「……っ!?」

 瞬時に顔色を変えて固まったユージンとゼクターとは対照的に、マグダレーナは自然体で一礼してからファムビルに尋ねた。


「まあ、学園長。いつからおられましたの? 全然気がつきませんでした」

 それに彼が苦笑いで応じる。


「どこからと言われたら、『賄賂を渡す方が悪い』辺りくらいからでしょうか」

「そうでございますか」

「それにしても……、このような場所で随分と不愉快な内容が声高に話されていて、驚きましたな。皆はどう思う?」

 そこでファムビルが背後を振り返って意見を求めると、そこにいた教授達は冷め切った表情のまま淡々と告げた。


「昨今、学園内の空気があまり良くないと感じてはおりましたが、まさかここまでとは予想だにしておりませんでした」

「生徒間の交流に制限を設けない方針ですから仕方がありませんが、もう少し自覚と自制を身につけていただきたいものですね」

「誠に。自らの発言の重さというものを、ご理解いただきたいものですな」

 お世辞にも好意的とは聞こえないその台詞に、再び周囲の空気が凍り付いた。






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