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悪役令嬢は優雅に微笑む  作者: 篠原 皐月
第1章 とんでもない貧乏くじ

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30/91

(30)僥倖

 入学して、三ヶ月ほど経過した頃。マグダレーナは予想外の事態に陥っていた。


(全く意図していなかったのだけど、どうしてこのような事になったのかしらね)

 当初、関わり合いになるのを恐れてと、遠慮があり過ぎてマグダレーナを遠巻きにしていたクラスメイト達のうち、真っ先に突撃してきたレベッカに誘発されるように、もう一人官吏科への進級希望のローニャ・ベルドットが彼女に声をかけてきたのである。


「あ、あのっ! 誠に申し訳ありませんしご迷惑だと思いますし平民風情が視界に入ることだけでもご不快かもしれませんし時間の無駄だと一蹴されても文句は言いませんがよろしかったら古典詩の文法と解釈を教えていただけないでしょうか!?」

 まるで決闘に挑む剣士の如く決意漲る表情で近寄って来たと思ったら、自分の目の前で深々と頭を下げて一息に言い切ったローニャに、マグダレーナは一瞬呆気に取られた。教室中の視線を集めてしまったマグダレーナは、すぐに冷静に言葉を返す。


「よろしくてよ」

「はい、そうですよね。平民の私が公爵令嬢のマグダレーナ様に、え!? 『よろしくてよ』って、もしかして良いって事ですか!?」

「……他の意味に解釈できる余地があるのなら、後学のために是非教えていただきたいわ」

 勢い良く顔を上げて狼狽気味に叫んだローニャを見て、マグダレーナは何とも言えない表情で溜め息を吐いた。そうしてマグダレーナ、レベッカ、ローニャの三人で放課後、不定期に自主学習会が行われるようになった。しかし日が経つに従って、それに貴族の生徒も一人二人と加わり始めた。

 

「マグダレーナ様。この時代の産業分布などは、どの資料を参考にすれば分かりますか?」

「それは確か、バークレイズ著の富国記が詳しいと思うわ。以前読んだことがあるの」

「分かりました。今度図書館で探してみます」

「うぅ……、音楽理論なんて覚えられない。実生活でどんな役に立つのよ」

「レベッカさん。確かにそうかもしれませんが、意外と簡単ですよ? 分かり易く纏めてある本がありますから、今度お貸ししますね」

「ありがとうございます、シェリー様」

「それを言ったら、私が数学を習得しないといけない理由などもっと分からないわよ……」

「タニア様。ここまでは合ってますけど、ここで桁数を間違っています。この前も同じような計算で引っ掛かっていましたので、このパターンを集中的に練習した方が良いですよ?」

「あ、そう言えばそうだったかもしれないわ! 分かったわ。繰り返し解いてみるわね」

 各人、それぞれ不得意分野を教わり得意分野を教え合って、放課後の教室は和やかな空気が流れていた。


「それでは区切りが良ければ、今日はここまでにしましょうか」

 頃合いを見計らってマグダレーナが声をかけると、他の者達が「そうですね」と同意しながら教科書やノートを纏め始める。


「それにしても……、授業中の教授との受け答えや小テストの成績を見てもマグダレーナ様の学力は相当のものだと推察していましたけど、実際に親しくお話してみて思っていた以上に博識でいらっしゃいますよね。苦手な科目なんてないんじゃありませんか?」

「それは私も思っていたわ。私達平民は、いわゆる貴族の教養分野の歴史とか古典が悩みの為だけど、マグダレーナ様に死角なんて無さそうよね」

 真顔でレベッカとローニャが頷き合うと、他の貴族の女生徒達も素直に賛同する。


「私達はその類の分野ならそれなりに自信はあるけど、本格的な計算とか地理とかはね」

「ええ。これまでそれほど意識した事は無かったし」

「貴族科に進級するのであれば、あまり成績が振るわなくても咎められはしないけど、あまり酷い成績になったりしないか心配で……」

「最初は、他の方にお伺いするのが恥ずかしいと思っていました。でもエルネスト殿下が堂々とグレンさんに教えを乞うているのを目にして、お尋ねしても良いのかと思えたものですから」

 一人がそう口にすると、他の者達も口々に言い出す。


「確かにあれは衝撃でしたね」

「でも王子殿下が分からない事を分からないと正直に仰って、平民の方に教えを乞うのであれば、下級貴族の私達だって同じことをしても恥ではないと思えました」

「レベッカさんが恐れげもなくマグダレーナ様に声をかけたのも、かなりの衝撃でしたけど」

「本当にそうですよね。他の方同様、叱責されるか罵倒されるかと思って、見ているこっちが冷や汗が出たくらいです」

「でもマグダレーナ様が、私達を阻害したりしない懐が広い方で良かったです」

 そんなやり取りを聞いたマグダレーナは、苦笑しながら応じた。


「己の力量不足を認識してそれを克服しようと努力する人を、拒否する謂れはありませんから。勿論私が対応できないのであればそれが可能な方にお願いしますが、頼られたらできる範囲で援助するのは当然のことだと思っております」

 マグダレーナとしては家風の中で培われた感覚を当然の事として述べたのだが、それを聞いた周囲は感嘆の溜め息を漏らした。


「同じ貴族でも、私とは比較になりませんわ……。自身を省みて恥ずかしく思うばかりです」

「いえ、これは貴族平民関係なく、心映えが違うという事ですよ」

「そうですよ。同じ貴族でも他人を平気で他人を見下したり、誰かに教えを乞うなど真っ平という態度の方もいるじゃありませんか」

「確かにそうかもね……」

「ところで、私達平民はともかく、みなさんは貴族なのに私達と一緒にいて大丈夫なんですか?」

「フレイア様やメルリース様、その周囲に目の敵にされたりしませんか?」

 レベッカとローニャが心配そうに周囲に尋ねると、彼女達は僅かに自嘲気味に笑った。


「私達は貴族とは言っても派閥争いには全く影響がない、弱小末端の人間だから」

「確かに『平民風情と慣れ合うなんて恥知らずな』とか嫌味を言われることもあるけど、面と向かっては言われないもの。何と言っても公爵令嬢のマグダレーナ様が率先してレベッカさん達と親しくお付き合いしているしね」

 そこでマグダレーナは、笑みを深めながら告げる。


「私の立場と家名が役に立つのなら、風除けにしても構いません。但し、自分にも周囲にも恥じない行いをする場合に限りますが」

「勿論です。お任せください」

「マグダレーナ様のお名前に傷をつけないためにも、誇れる成績を取って見せますから」

 そこで私物を纏め終えた面々は、別れを告げて各自の寮に向かって歩いて行った。


(率先して親しく付き合える人間などできないと思っていたし、敢えて作る気もなかったのだけど……。エルネスト殿下が立場を考えず、平民の生徒に平気で声をかけまくっていたおかげかしらね)

 相変わらず上級貴族の生徒達からは腫れ物に触るような扱いを受けていたマグダレーナだったが、エルネストと同様に彼女にも思わぬ交友関係が発生しており、それに対して彼女はささやかな喜びを感じていた。










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