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悪役令嬢は優雅に微笑む  作者: 篠原 皐月
第1章 とんでもない貧乏くじ

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(29)潮目

 マグダレーナが教室に入ると、その一角でエルネストとリュージュが親しげに言葉を交わしていた。


「思ったより捻挫が長引かなくて、本当に良かったです」

「ありがとう。リュージュがこまめに処置してくれたおかげだよ」

 どうやら捻挫の手当てを押し付けられたのを契機にかなり親しくなったらしいと、マグダレーナは素知らぬふりをしながら彼らの会話に耳を傾けた。


「でも最後の方は、殿下がご自分できちんと手当できていましたし」

「この際、覚えられるものは覚えておきたいからね。それから例の件だけど、どうかな?」

「それなら、放課後に演習場の使用許可を教授から貰っておきましたから。いつでも大丈夫ですよ。さすがに毎日は、他の騎士科所属の生徒の邪魔になると思いますから難しいですが」

「勿論そこまで無茶を言う気はないよ。週に一回か二回程度、お願いできるかな?」

「それくらいなら問題ありませんね」

 何の事を言っているのかとマグダレーナは怪訝に思ったが、同様の疑問を覚えた彼らの至近距離の生徒が、リュージュに問いを発する。


「おい、リュージュ。殿下と何の話をしているんだ?」

「ああ。殿下から頼まれて、剣術の訓練」

「はぁ?」

 リュージュがさらりと返した内容に、言われた相手は困惑顔になった。するとここでエルネストが解説を加える。


「あ、誤解のないように言っておくと剣術の技量を上げるのではなく、攻撃を受けた時の避け方とか、転倒した時の受け身の取り方とか、できるだけ怪我を回避する為の方策を教えて貰うつもりなんだ。またこの前みたいな騒ぎになったら、周囲の迷惑だしね」

 微笑みながら言われた周囲の者達は、揃って微妙な顔つきになり曖昧に頷いてみせる。


「はぁ、なるほど……」

「そうでしたか」

「ええと、リュージュ。まあ、頑張れ」

「ああ。他にも身体の各部位を怪我した時の応急処置とかも、一通り練習して貰うつもりだ」

「よろしく頼むよ。頼りにしている」

「…………」

 そこでエルネストの周囲にいた男子生徒から、揃って様子を窺うような視線を向けられたマグダレーナは、何とか顔が引き攣るのを堪えた。


(どうしてそこで、横目使いで私を見るのかしら? 揃いも揃って殿方のくせに、言いたい事があったらはっきり口に出して仰いなさい!!)

 殿下が妙な事を始めたのは、どうせ私のせいでしょうよとマグダレーナが内心で憤慨していると、自分の周囲から嘲笑と侮蔑の囁き声が伝わってくる。


「まあ……、れっきとした王子殿下が、平民風情と随分と親しげに……。あれでは叔母上に切り捨てられても仕方がありませんわね」

 含み笑いでフレイアが口にすると、彼女の取り巻き達もこぞって同調した。


「それにお聞きになりました? ご自分で手当てをしていたそうですわよ? 身の回りの世話をする者が一人もおられないなんて、惨めですわね」

「臣籍降下して一代限りの大公家を立てるにしても、最低限の領地だけでよろしいのではありませんか? 使用人も片手で足りそうですし」

 そんなエルネストを卑下する発言は、フレイアの周囲だけに留まらなかった。


「他者の目の前で平民に教えを乞うなど、本当に王族としての自覚に乏しい方ね。少しはゼクター殿下を見習ったらよろしいのに」

 呆れ果てたと言った風情で零したメルリースに、周囲の女生徒達の賛同の囁きが続く。


「全くですわ。しかも剣術の技量向上ではなく、怪我を避けるための方策を学ぶとか。恥というものをご存じないのかしら」

「あのような不甲斐ないご子息しかおられない王妃陛下は、本当にお気の毒ですわね」

 諸々のやり取りを耳にしたマグダレーナは、もう何度目になるか分からない溜め息を漏らした。


(今日もエルネスト殿下をこき下ろす時だけ、抜群の共鳴具合ね。それにしても男子生徒達は静観というか、注意深く距離を取っているというか……)

 入学当初はユージン王子派、ゼクター王子派と微妙に派閥を形成していたクラス内の男子生徒達は、この頃になるとフレイアとメルリースの主張に軽々しく同調しないようになっており、その事実にマグダレーナは内心で驚いていた。


(自分が怪我をすると周りの迷惑になると自覚しているのは良いけど、ここで剣術の授業から抜けるという選択肢にならない所がなんとも言えないわ。受け身とか回避術を教えて貰うことについては賛同できるけど)

 エルネストに対しては色々物申したい事があったが、取り敢えず様子見を決め込んだマグダレーナだった。するとここで、エルネストのすぐ近くの席で話を聞いていたグレンが、思い出したように会話に割り込んでくる。


「あ、そうだ。殿下。放課後にそちらで時間を取ることが多くなるなら、勉強時間をどうしましょうか?」

「ああ、そうだね。引き続き教えて欲しいから、曜日が重ならないようにするよ」

 そのやり取りを聞いたリュージュが、興味深そうに確認を入れた。


「グレン? まさか殿下に勉強を教えているのか?」

「ああ。授業で分からない所があると言われてね。少し前から放課後に時々時間を取っている」

「そうだったのか……。なあ、俺にも教えてくれないか? 騎士科志望とは言っても、あまり酷い成績は取れないし。どの程度の成績を取れば良いのか分からなくて、少し不安でさ」

「構わないぞ? 一人教えるのも二人教えるのも、大して手間は変わらないだろう」

「助かる! よろしく頼むよ!」

 どうやら前々から成績に関して不安があったらしいリュージュは、グレンの申し出に喜色を露わにして礼を述べた。すると近くの席から次々と声が上がる。


「あ、そういう事なら俺も教えて欲しい!」

「俺も! 正直、授業内容が難しくて。今度の期末試験が心配だったんだ」

 リュージュと同様、翌年の騎士科進級を目指して入学した生徒達が、真剣な面持ちで懇願してくる。それを認めたグレンは、若干困惑しながらエルネストにお伺いを立てた。


「それは構わないが……、殿下。人が多くなっても構いませんか?」

「私は構わないよ。ただグレンが大変そうだけど」

「確かにそうですね」

 そこでグレンは、自分同様官吏科進級希望で入学したクラスメイト達に呼びかけた。


「おい、ジェイク、ラーディン。同じクラスの誼でお前達も手伝え」

 いきなりここで指名された二人は、さすがに面倒くさそうに言い返そうとする。


「はぁ? 勝手に決めるなよ」

「そうだぞ。何の権利があって」

「忙しいのに悪いね。できれば二人も付き合って貰えないかな?」

 そこでエルネストに微笑まれた二人は、無下に断る事もできずに神妙に頷く。


「はぁ……、それではできる範囲で、お教えしますので……」

「私達でできる事は遠慮なく仰ってください」

「ありがとう。助かるよ」

(何というか……、上から居丈高に命じるわけではないから、平民の方々には受けが良いのかしら? それならもう少し貴族の生徒を上手く懐柔すれば良いのに)

 入学当初、クラス内から遠巻きにされていたエルネストだったが、二か月ほど経過したこの頃になると、予想外の方向で周囲に人の輪ができつつあった。





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