(18)新たな助勢
それからレベッカの事情説明が始まった。
「私が十歳の頃、伯父の商会にリロイ様が出向いた時に『今年十歳の利発な少女がいたら教育して、マグダレーナの側付きにしたいのだが心当たりはないか』と尋ねられたそうです。それで伯父が私を推薦したと聞いています」
「お兄様もお兄様だけど、会頭も会頭ね。当時十三歳の子供の戯言を間に受けるなんて」
「当時既に伯父は、リロイ様を腑抜けの若様などと思っていませんでしたから。傍目には世間の評価通りに振る舞ってはいましたが」
「なるほどね」
既に次期公爵家当主の本性を把握済みかと、マグダレーナは遠い目をしながら頷く。
「それでリロイ様から『とことんまで勉強したくはないか。私の言う通りにするなら、官吏になれる程度の学力を備えさせてやるぞ』と提案されました」
「どんな条件を出されたの?」
「クレランス学園の選抜試験に合格して、マグダレーナ様の耳目手足になる事です」
「……苦労をかけてしまったわね」
予想通りの答えとはいえ、実際に入学可能な実力をつけるまでにどれほどの努力が必要だったかを考えると、マグダレーナは本心から申し訳ない気持ちになった。しかしレベッカは、慌てて両手を振って否定してくる。
「確かに勉強は大変でしたが、指導役や必要な物を十分に手配して頂いて、凄く有意義な時間を過ごさせてもらいました。それに私、勉強しているうちに、本当に官吏として働きたいと思うようになりましたし。寧ろ私の夢の実現のためにマグダレーナ様を利用しているわけですから、お好きなように私を使ってください」
真顔で申し出るレベッカに、マグダレーナは自然に笑顔になった。そして素朴な疑問を口にする。
「ありがとう。心強いわ。でもどうして私に打ち明けるまで、入学してから少し時間が空いたのかしら?」
「それはリロイ様の指示です」
「お兄様が何と言ったの?」
そこでレベッカは、若干躊躇いを見せてから言葉を継いだ。
「それが……、『面白そうだから、当初はマグダレーナには内緒で』と仰って……」
「ええ、如何にもお兄様が言いそうな事よね」
「それで『下手に平民である君が率先して公爵令嬢に接触したら、どう考えても周囲から怪しまれる。どうせ遅かれ早かれマグダレーナは両王子派と諍いを起こすから、その後で両派の争いに巻き込まれたくないから、いざという時に庇ってもらう相手として選んだような体で妹に近づけば良い』と指示されました」
両王子派と諍いを起こすのは不可避だろうと認識していたマグダレーナだったが、改めて他人から指摘されたことで腹を立てた。それで憮然としながら、兄に対する文句を口にする。
「お兄様の主張は認めるけれど……、どう考えてもこの事態を面白がっているわね」
「やっぱりそうですよね……」
そこでレベッカが、何とも言えない表情になりながら微妙に視線を逸らす。そんな彼女に対し、マグダレーナは王太子選定の件まで兄から聞かされているのかを慎重に尋ねてみた。
「ところで、あなたは私がクレランス学園で何をするつもりなのか、お兄様から聞いているのかしら?」
「いいえ、全く」
その即答っぷりに、マグダレーナは軽く目を見張りながら呆れた。
「それで良く私の耳目手足になれと言われて、大人しく従えるわね」
それを聞いたレベッカは、顔つきを改めて重々しい口調で切り出す。
「実は一度、『手間暇とお金をかけて私をクレランス学園に送り込むくらいですから、マグダレーナ様にはなにか困難な密命でもあるのですか? それは何でしょうか』と、リロイ様に尋ねてみたのですが……」
「どうかしたの?」
レベッカが不自然に口を閉ざしたため、マグダレーナは話の先を促してみた。すると彼女は、淡々と感情の籠らない声で告げてくる。
「『そんなに知りたいのかい? 聞かなくても差し支えは無いし、聞かなかった方が良かったと思うのが確実だから、敢えて伝えていなかったのだが。どうしても聞きたいと言うのなら教えてあげるけど、どうする?』と、もの凄く良い笑顔で問い返されたので、『結構です!』と即行で断りました。リロイ様があんな顔をしている時は、色々な意味で絶対に駄目です」
「あの……、レベッカ? もしかして入学する前から、色々とお兄様の下で何かしていたのかしら?」
何やら単なる上下関係では推察できないような事を熟知している気配に、マグダレーナは恐る恐る尋ねてみた。するとレベッカは、視線を足下に移しながら、ぼそぼそと呟くように告げる。
「ええ、まあ……。ほんの少し、ごく稀にですが……、『少女じゃないと都合が悪いことがあるから、ちょっと手伝って欲しいな』とか言われて、いつもお世話になっているリロイ様への恩返しのつもりで、本当にちょっと手伝うつもりでいたら……。とんでもない修羅場に放り込まれた挙句、ろくでもない救出方法を取られた上に、制裁現場に当事者の一人として巻き込ま」
「ごめんなさい、レベッカ! もう良いから!!」
どう考えてもトラウマっぽくなっているらしいレベッカの様子に、マグダレーナは慌てて彼女の説明を遮った。そこでなんとか気を取り直したレベッカが、大幅に脱線した話を元に戻す。
「とにかく、そういうわけですので、マグダレーナ様が表立って調べにくい事ややりにくい事がありましたら、いつでも私にお申しつけください」
「ありがとう。そういう事なら頼らせて貰うわ。早速だけど、貴女の意見を聞かせて貰って良いかしら?」
「はい、私でお役に立つなら」
「第三者的な視点から見て、エルネスト殿下をどう思う?」
「エルネスト殿下、ですか……」
唐突に変わった話題に、レベッカは当惑した顔になる。そのまま俯き加減で考えた彼女は、少ししてから顔を上げてマグダレーナを見据えながら口を開いた。




