(13)紳士淑女の基準
エルネストが立ち去った後、二人は作業を続けたが、ほぼ作業を終えたところでドルツが独り言のように言い出した。
「いやはや、全くあんた達ときたら……」
かなり呆れ気味の口調に、マグダレーナは思わず手を止めて問い返す。
「私達に、何か呆れる要素でもございましたか?」
「酔狂すぎると呆れているのもあるが、感心しているんだぜ?」
「それはありがたいですが、どのようなことについてですか?」
「エルネストの奴、出ていく時にちゃんと少しドアを開けて行っただろ? お嬢さんを男と二人きりで、閉め切った室内に残しておけないと判断したわけだ。大した紳士じゃねぇか」
チラッと僅かに開いているドアを眺めながら、ドルツがしみじみとした口調で告げた。対するマグダレーナも一瞬ドアに視線を向けてから、笑いを堪える表情で告げる。
「それは殿下が、ドルツさんを紳士と認めておられる証拠にもなりますわね。そうでなければ、この場を立ち去るはずはありませんもの」
彼女がそう断言すると、ドルツは照れくさそうに笑みを深めた。
「全く、かなわねぇなぁ……。こんな無学な平民を、真顔で紳士呼ばわりしてくれるとは」
「人間の価値とは出自や肩書きによらないものであり、それに惑わされずきちんと見極めるように、常に留意しております」
「大したもんだな」
「両親から、そのように教えを受けて参りましたので。特に賞賛いただくことではないと思います」
「ところが、そうでない貴族の嬢ちゃん坊ちゃんが多すぎて、あんた達が際立っているんだよ」
そこでドルツは、苦笑いの表情になった。それにマグダレーナも微笑で応じる。
「確かに私から見ても、その素質に欠ける方はそれなりにいらっしゃいますね。残念なことに」
そこで一呼吸置いてから、マグダレーナはさりげなく問いを発した。
「ドルツさんから見て、ユージン殿下とゼクター殿下はどうでしたか?」
そう問いかけた途端、ドルツの顔が不愉快そうに歪む。
「あぁ? あいつらか? あれを紳士とか言う奴がいたら、そいつの頭がおかしいか、そいつの紳士の定義がおかしいな。卒業して清々したぜ」
二人が在学中、自身か周囲が相当煮湯を飲まされたのだろうなと察したマグダレーナは、同情しながらもスッキリした気分になった。
「本当に正直でいらっしゃいますのね。清々しいですわ」
するとドルツが、顔つきを改めて尋ねてくる。
「俺からも聞いて良いか?」
「はい、なんでしょうか?」
「次の王様は誰になるんだ?」
「…………」
その問いかけに、マグダレーナは微笑んだまま無言を保った。しかしドルツは腹を立てたりせず、納得したように頷く。
「聞いても良いが、きちんと答えてくれるとは言わなかったな。無理には聞かんよ」
あっさり引き下がった彼に、マグダレーナは微笑んで告げた。
「ドルツさんのそういうところを、エルネスト殿下も好ましいと思ったのでしょうね。一つだけ言えるとしたら、エルネスト殿下が今のままでいられるのなら、玉座は然るべき時に然るべき方が着かれます」
「そうか……。今のは聞かなかったことにするさ。エルネストにも言わないでおく。本人はなる気なんかサラサラなさそうだしな。あんたや周りは、本当に大変そうだな」
このやり取りで、相手がかなり思慮深く洞察力があると理解したマグダレーナは、もう一歩踏み込んでみた。
「殿下の事を良くお分かりですね。ついでにあなたにお尋ねしたいのですが、殿下が兄王子達と違って真っ当にお育ちになったのは、教育係の功績が大きいと思うのです。殿下から、その辺りを何か聞いてはおりませんか?」
そこでドルツは少し考えてから、慎重に口を開く。
「母親代わりの養育係、その人の影響が大きいようだな。その人の話をポロポロと聞いているから。だが、それくらいならあんただって知っているんじゃないか?」
「そうですね。病で五年ほど前に役目から退かれて、静養中と聞いております」
「その人が言っていたそうだ。『常に誠実であるように』とな」
「その方は、殿下を王妃の唯一の息子として、次期国王を目指すようには育てていなかったわけですね」
予想していた内容であり、マグダレーナは淡々と口にした。ドルツも真顔で話を続ける。
「そうらしいな。最初の頃、『王妃の実子だし、王位を目指すように言われている王子様が、下々の俺達と気安く話して良いのかい?』と聞いたら、『王妃からは言われた事はあるが、普段そんな事を言われていないから無視していたな』と切り捨てていた。あれは王妃様を母親だなんて思っちゃいないな」
「そうでしょうね……」
「だがその人が、あくまでも殿下を次代の国王として育てていたら、エルネストはああいう風には育たなかったんじゃないかと思うね」
「それに関しては、私も同意見です」
そこで顔を見合わせた二人は、どちらからともなく笑い出した。
「仮定の話をしても仕方がないな」
「そうですわね。殿下はあのままで良いと思いますわ」
「あんたが、あのままで良いと言うようなお嬢様で良かったと思ってるよ」
「それは褒め言葉ですの?」
「十分褒め言葉のつもりだぜ? 本当の意味での淑女だよ」
「光栄です」
そこで深々と一礼したマグダレーナに、ドルツは明るく告げた。
「今日はそろそろ切り上げて貰って構わないが、これからもちょくちょく押しかけてくるつもりだな?」
「話が早くて助かります。今後ともよろしくお願いします」
「分かった。色々と頑張れ」
「ええ、それでは失礼します」
そこで笑顔でドルツと別れたマグダレーナは、真の意味での理解者と協力者を得たことで、足取り軽くその場を離れていった。




