第二話:永遠の綻び~律花、二〇一五年初夏~③
「中学生三人、二時間で」
スイーツ食べ放題を堪能したあたしたちは、河原町通沿いのカラオケへと移動していた。楓佳がカウンターで手続きしている横で、あたしと瑚夏はワンドリンクを何にするか顔を突き合わせて唸っていた。
「ワンドリンク制となっておりますが、どうなさいますか?」
スタッフの女性にドリンクメニューを手で示され、瑚夏は真っ先に「レモンスカッシュ」と答える。続けて、楓佳がアイスキャラメルマキアートを注文し、二人の視線があたしに向けられる。
「あたしはジャスミン茶で。ホットの」
かしこまりました、とスタッフの女性は軽く一礼すると、伝票と人数分のマイクを楓佳に渡してきた。
「お部屋、奥の二〇三号室になります。ごゆっくりどうぞ」
スタッフの女性の声を背に聞きながら、あたしたちはカウンター脇の廊下を奥に進み始める。瑚夏は鳥肌の立った剥き出しの前腕をさすりながら歩くあたしを見やると、
「律花、もしかして寒いん?」
これ着る? と、瑚夏はデニムジャケットを脱ぐと、あたしに押し付ける。ありがと、とあたしは彼女の厚意を受け取り、袖を通した。瑚夏の体温と香水らしきシトラスの香りがふわりとあたしを包む。
「さっき、アイス食べ過ぎちゃって、体冷えちゃったみたいでさー」
ジャケットの前をかき合わせながらあたしがそう言うと、前を歩いていた楓佳がこちらを振り返ってきて苦笑する。
「いくら食べ放題だからって、律花は欲張りすぎなんだよ。普通は三十種類もあるアイス全制覇しようとなんてしいひんし」
「だってえ……千五百円も払ったんやから、食べられるだけ食べないと損やん……」
「来る前は一番気乗りしてなかった奴が何言ってんだか」
あたしが口を尖らせて反論すると、呆れたように瑚夏が肩をすくめる。それなー、と瑚夏に同意しながら、楓佳は二〇三号室に足を踏み入れると電気をつける。
続いて、瑚夏、あたしの順で部屋に入ると、あたしは部屋のドアを閉めた。
ソファの上に荷物を置くと、あたしたちは思い思いの場所へと腰を下ろす。瑚夏はテレビの横からデンモクを取ってくると、あたしのほうへ押しやった。
「えー、何であたし?」
ぶうたれながらも、あたしは瑚夏からデンモクを受け取る。すると、楓佳はマイクからビニールを剥がしながら、
「私と瑚夏は春休みに誰かさんがゲームばっかやってる間も何回もカラオケ来てるもん。久々なんやし、まずは律花歌ってよ」
「えー……」
あたしは嫌々ながらも、デンモクを操作して曲を探していく。アニメ・ゲームジャンルのところにSSのオープニング主題歌を見つけ、あたしはそれを予約リストに追加した。この曲なら、CMでも起用されているし、おそらく瑚夏と楓佳も耳にしたことがあるだろう。またSSか、と呆れられてしまいそうではあるけれど。
テレビ画面に「星の導」という楽曲タイトルが表示される。背景映像は、公式サイトが動画サイトにアップしているプロモーション用のもので、お、とあたしのテンションは少し上がった。
はいこれ、と楓佳からマイクを手渡され、あたしはそれを受け取ると両手で握りしめた。バチでカウントを取る音を聞きながら、あたしは画面に表示された白抜きの文字たちを見つめる。最後のカウントと同時に息を吸うと、画面の歌詞の文字の色が塗り変わっていくのに合わせて、あたしは声帯を震わせた。
「光を求め走りだそう 星明かりの下 明日を探して――」
疾走感が心地よいこの曲の出だしのサビは春先のキャンペーンCMでも使用されていた。「へー、ええやんこの曲。かっこいい」「この曲CMで聞いたことある」瑚夏と楓佳は顔を見合わせると苦笑する。「それにしても律花って本当SS好きやね」「まあ、律花らしくてええんやない?」そんなことを言い交わしながら、二人は前の客が残したデンモクの履歴を興味深そうに眺めている。
あたしはそんな二人の様子にも構わず、しっとりとしたAメロを、予感めいたものが動き出すBメロを歌い上げていく。
楽しい。毎日のように聞いているこの曲が、SSが大好きだ。だけど、心の奥から湧き起こってくるこの感情はそれだけではないような気がした。しかし、体内で沸騰するアドレナリンにかき消されて、その正体はわからない。
あたしは転調後のラスサビを思いっきり歌い切る。ラストのロングトーンがアウトロの余韻と一緒に部屋の中に消えていくと、あたしはマイクを置く。開き切った喉がもっともっとと貪欲に歌を求めている。
「あっすごい、九十八点やって」
いつの間にか仕掛けられていたらしい採点の結果に、瑚夏の声が高くなる。この機種はなかなか高得点が出づらいことで有名だ。楓佳も興奮を隠しきれない様子で、
「すごーい、律花絶対才能あるでー。パソコン部なんかで燻ってないで音楽系の部活やればええのに」
「やだよ、うち音楽系って吹奏楽か軽音しかないやん。一年の仮入部期間すら終わったこんな半端な時期に他所移りたくない。それに今の部活離れたらSSやる時間減っちゃうし」
「ええー、何それもったいない。ね、瑚夏」
「ほんとほんと、もったいないよ律花」
「そうは言ってもねえ……それにこんなのまぐれやん、まぐれ」
歌を褒められて悪い気分ではなかったけれど、だからと言ってノせられて転部を考える気はさらさらない。一応、あたしはパソコン部に所属しているが、ほぼ帰宅部状態だ。文化祭のときに何かしらの成果物を出せば顧問に文句を言われない(事実、去年の文化祭のときは、展示物として、フリー素材を駆使してJavaScriptで作ったブロック崩しを提出したところ何も言われなかった)緩い部活なので、あたしはこれ幸いとばかりに毎日家でSSを満喫している。その生活を手放すのはかなり痛い。
こんこん、とノックと同時に部屋のドアが外側から開いた。高校生バイトらしき男性従業員が、あたしたち三人分の飲み物を持って部屋に入ってきた。
ふいに瑚夏が入れた曲のイントロがテレビから流れ出した。最近流行っているメンヘラ系女性歌手の曲だ。歌えないけど何となく知っている。
瑚夏は従業員が室内にいるにも関わらず、躊躇した様子もなく、マイクを手に取った。「あー、あーあー」軽く発声をすると、彼女は最初のサビを歌い始める。
従業員はテーブルの上に三人分の飲み物を並べ終えると、「ごゆっくりどうぞ」一礼して部屋を出ていった。
部屋の中では、可愛らしい伴奏に乗せてダメな彼氏への愛情を歌う瑚夏の歌声が響いている。それに耳を傾けながら、あたしはポットからグラスに温かいジャスミン茶を注ぐ。ほんのりと花の香りがする茶を口の中で転がしながら、あたしは歌う瑚夏の横顔を何とはなしに眺めていた。