第一話:電子の海、出会いは縁を結ぶ~晴翔、二〇一五年春~④
その後、レナに大部分を手伝ってもらいながら、僕はどうにかエリアボスであるシャドウゴーレムを倒した。太陽の女神の力の残滓だという《金輪の破片》なるアイテムを手にし、イベントシーンを見てから、僕たちはグランシャリオへと帰還した。
BellFlowerの指定席と化している月桂亭のテラス席に僕たちは腰を下ろすと、
「いやあ……今日はレナのお陰で助かったよー……」
「まったくもう、何も一人で行かなくたってええやん。あそこいくなら、本当はセケルも連れてくべきやったで。セケルなら魔法攻撃無効化のスキル持ってるし」
「それはそうなんだけどさー……みんなと早く先のエリア行きたかったし、推奨レベルも満たしてるから行けるかなーって思っちゃって」
まあいいけどさ、とレナは白地に赤の模様が入ったローブの肩をすくめてみせると、
「これで月虹の森に行けるようになったし、トワも初期装備卒業できるで。あそこでドロップする素材アイテムで上位ランクの装備作れるんや」
「え、ほんと、やったー!」
僕が無邪気に喜んでいると、そういえば、とレナは別の話題を差し込んできた。
「Postedのフォロー、あたしのほうからも返しといたから。今日みたいにきつめのとこ行くときは、リプかDMで声かけてよ。リアルが立て込んでなかったら行くからさ」
突然の話題の転換に僕はえ、と一瞬固まった。
「それはありがたいんだけど……Postedのアカウントまで特定してきてキモいとか思ってない? 大丈夫?」
ぷ、とレナが吹き出したのが、ヘッドセットの奥から聞こえた。
「大丈夫、そんなこと思わへんって。あたしたち友達じゃん。違う?」
違わない、と言いながら、僕はじんわりと胸が温かくなっていくのを感じた。年齢も性別も住んでいるところもなんとなくは知っていても、顔も知らないいつ途絶えてもおかしくないこの繋がりをレナが友達だと断定してくれたことが嬉しかった。
「晴翔、ご飯よー!」
ヘッドセットの向こう側――リアル側から、僕を呼ぶ声が聞こえた。システムの時計を見ると十九時過ぎを指していた。
「ごめん、レナ。夕飯みたいだから一回落ちるね。風呂まで済ませたら、またインすると思う。たぶん二十一時くらい」
「りょーかい。それじゃ、またね」
じゃあね、と言うと僕はシステムメニューを開き、SSをログアウトする。ヘッドセットを取ると、机の上に置くと僕は立ち上がった。長時間ヘッドセットをつけていたせいで髪には変な癖が付き、耳が蒸れている。
友達。先ほどレナが言ったその言葉の響きを口の中で転がしながら、僕は部屋を出た。カーテンを開けたままの南側の窓の外にはSSの世界よりも星々がまばらでくすんだ夜空が広がっていた。
桜の花が散り始め、枝に瑞々しい緑の葉が芽生え始めるころになると、新学期が始まった。
僕が住んでいる3LDKの賃貸マンションを出て、首都高の下を潜り抜けて十分ほど進んだところに僕の通う志塚第一中学校はある。あくびを噛み殺しながら、校門を抜け、昇降口の前へ行くと、新しいクラス分けが掲出されていた。
僕は昇降口の前で足を止めると、自分の新しいクラスを確認する。
(……っと、瀬川、……高峯、あった)
二年三組の欄に津城晴翔という自分の名前を僕は見つけた。新しい自分のクラスに向かおうと、校舎の中に足を踏み入れようとしたとき、僕は背中に衝撃を感じた。
「はよっす、晴翔!」
背後を振り返ると、そこには学ランの前を全開にして中に黄色のパーカーを着込んだ幼馴染の姿があった。校則違反であることは言う間でもない。
「……蒼也か」
「晴翔、今年はおんなじクラスみたいだぜ」
見ろよ、と蒼也が指差した先には、七海蒼也という彼のフルネームが記されていた。蒼也の名前のすぐ上には僕の名前がある。
「そーいうわけだから、今年一年よろしくな」
そう言って、蒼也はサッカーで焼けた顔ににかっとした笑みを浮かべた。おう、と僕はやや気圧され気味に応じる。
僕と蒼也は下駄箱でスニーカーから上履きに履き替えると、二階への階段を上る。蒼也は新しい教室に向かいながら、
「晴翔、春休み何してた? オレはずーっと部活だったけど」
「僕? 新しくネトゲ始めたから、それずっとやってた。Starlight Sagaってやつ。蒼也、知ってる?」
「あー、たまにCMやってるやつだろ。オレ、スマホゲーばっかでネトゲはやんねーけど、タイトルは知ってる」
そんなことを話しながら、僕たちは二年三組の教室に足を踏み入れた。始業時間ぎりぎりの今は、もう既にほとんどのクラスメイトが揃っており、教室のあちらこちらでグループを作りつつあった。
僕と蒼也は黒板に貼られた座席表で自分の席を確認すると、席についた。出席番号が連続している僕たちは、座席も前後で続いている。
キーンコーンカーンコーン、と始業を告げるチャイムが校舎の中に鳴り響き始める。教室の中は生徒たちが楽しげに談笑する声でさざめき立っていた。




