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第十話:約束と期待~晴翔、二〇一九年初夏~ ①

 六月に入り、梅雨入りと同時に僕は第一志望の大学へとAO入試の願書を提出した。エントリーしてすぐに形ばかりの面接が行なわれた。内容も志望動機に始まり、入学後にやりたいことや高校生活で頑張ったことなど、形式通りの内容を淡々と形式通りに聞かれただけで、特に手こずった覚えもない。

 文部科学省の指導により、八月にならないと手続きに必要な書類は発行できないとのことだったが、僕はこうして早々に志望校から実質上の合格内定をもらった。あとは単位を落とさず、無事に卒業できる程度に勉強を頑張ればいい。

 六月上旬にして受験から解放された僕には、一つ問題があった。受験が終わったら小遣い制度を打ち切ると母親に宣言されていたのだった。

 大学生の兄である大翔は、時給のいい居酒屋のバイトをしている。高校のときだって、行動的な大翔はコンビニとファーストフードのバイトを確か掛け持ちしていたはずだ。とてもじゃないが、僕にはそんな真似はできない。

 それに今はまだ部活もあれば、委員会の当番もある。バイトをしようにも僕がバイトに入れるタイミングなど高が知れている。

(何かないかなあ……)

 特にいい案も思いつかず、とりあえずゲームでもやろうとBNFのアプリを起動させかけたとき、ぶーんと手元でスマホが鳴った。

 こんばんは、とレナからLI-NGのチャットが来ていた。僕はこんばんは、とチャットを打ち返す。去年の秋に再び連絡を取るようになったころはぎこちなかった彼女もいつの間にか以前のようにほぐれ、僕たちはまた他愛もない話に花を咲かせる仲に戻っていた。

「ねえ、レナ。聞きたいことがあるんだけど、今通話できる?」

「ごめん、週末に部活の近畿大会控えてて、部活以外であんまり声出すなって顧問に言われているんだよね」

「そうなんだ。強いところの合唱部って大変なんだね」

「そうなんだよねえ。喉の脂持ってかれちゃうからって、烏龍茶とか全面的に禁止やし。喉に良くないからって辛いものも揚げ物も食べられないし、制限だらけで嫌になっちゃう」

 うわ、と僕は顔を引き攣らせた。レナはこんなに制限だらけの生活を送っているというのか。僕はレナに同情した。

「そんなになの? 強豪校って僕の想像以上に大変なんだね……。ところでさっき言いかけてた聞きたいことなんだけど、レナはバイトってしたことある?」

「あたし? あたしはないよ。ただ、クラスの子で部活とかやってない子はしてる子も多いかな」

「そうなんだ。どんなのやってる子が多い?」

「やっぱり、定番だけどコンビニとかファミレス、ファーストフードが多いかな。あ、部活とか塾で忙しくても短期集中で稼げるからって、ティッシュ配りとかスーパーの試食とかやってる子もいたかも」

「ティッシュ配りとか試食の仕事って儲かるんだ。初めて知った」

「その代わり、一日九時間とか拘束されるから、休日まるまる飛ぶらしいけどね。どうしたの、トワ、バイトしたいん?」

「AOで大学決まったし、小遣い制廃止するって親に言われちゃって。でも僕、まだ部活も委員会もあるから、バイト入れるタイミングも限られちゃって。それで、割のいいバイトないか探してたとこ」

「ふうん、そうなんだ。ねえ、バイトしたら何か欲しいものでもあるん?」

「欲しいものは特にないかな。たぶん普通に友達と遊ぶのに使ったりはすると思うけど」

 これといって欲しいものがあるわけじゃない。だけど、してみたいことならあった。言っていいものだろうかと僕は逡巡しながらも、スマホの画面の上に指を滑らせていく。

「ねえ、レナ。ちょっと変なこと言ってもいいかな」

「えー、どうしよっかな。度合いによる?」

「あのさ……バイトして稼いだら、レナに会いに行ってもいいかな?」

「会いにって……リアルで? 京都まで来るん?」

 うん、と僕が答えると、チャット欄がしんと静まり返った。ごめんやっぱ何でもない今の忘れて、と沈黙に耐えかねた僕が慌てて今しがたの発言を取り下げようとすると、先に「ええよ」と僕の発言を承諾する言葉がチャット欄に映し出された。

「ええけど、実際に会って幻滅するとかやめてな。もしかしたら、あたしはトワが思っているような()()やないかもしれないし」

「そんなことしないよ。レナこそ、実際に僕に会って幻滅したりしないでよ? 僕、レナと違ってパッとしないし」

「せえへんて。それより、こっち来るとして、いつごろ来る? 夏休み?」

「かなあ。まだバイト何やるかすら決まってないし。たぶん八月入ってからとかになるんじゃないかなあ」

「それならお盆の時期は避けたいよね。混雑がすごいって毎年ニュースになってるし」

「そうだね。そしたら、もしかしたら夏休みの終わりくらいになるかも」

「それじゃあ目処立ったらまた教えてよ。大会とかと被ってさえなければ、どうにかしてスケジュール確保するし」

 OKと僕はチャット画面へスタンプを送った。それをもってこの話題は一区切りついたと見做されたのか、ちょっと聞いてよー、とレナが別の話題を持ち出す。それは体育祭中にこっそり抜け出して会場の陰になるところで昼寝をしていたら教師に見つかってこっぴどく叱られたというもので、僕はデジャヴを覚えた。この話題を以前に聞いたことがあるような気がする。しかし、この話題を一体いつ聞いたのか思い出せないまま、僕はレナの話に相槌を打ち続けた。


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