第一話:電子の海、出会いは縁を結ぶ~晴翔、二〇一五年春~③
正式にBellFlowerのメンバーとなった僕は、毎日SSにログインし、朝から晩までみんなと遊ぶようになった。
みんなと過ごすようになって、一つ年上のセケル以外の二人は、僕と同じで新学期から中学二年生になる十三歳だということがわかった。そして、セケルは福岡、レナは京都、ナハトは長野に住んでいるらしいことも知った(ちなみに僕は東京だ)。
クエストをこなしたり、月桂亭で雑談したりしているうちに春休みは過ぎていった。特に後衛同士で連携を取ることも多いレナとは、個人的に話すことも増えていった。
春休みが終わりかけたある日、僕がSSにログインすると、珍しくBellFlowerの面々は全員オフラインだった。
誰か来ないかな、と思いながら、検索エンジンにギルメンのみんなの名前を入れて調べて遊んでいると、僕はレナのものらしきPostedのアカウントを見つけた。
プロフィール欄に書かれている誕生日や居住地、SSのユーザIDはすべて僕が知っている彼女のものと一致していた。他人の生活を覗き見するようでどきどきしながらも、彼女の過去の投稿に目を通していくと、SS内での出来事から、リアルで誰それとどこに遊びにいっただの、今日のテレビの内容がどうだっただのといった等身大の十三歳の女の子の日常が書き綴られていた。
こんなふうにPostedのアカウントを特定して、気持ち悪がられないかな。ストーカーみたいだって嫌われたりしないかな。フォローボタンの上にマウスのカーソルを置いたまま、僕は逡巡する。
僕は目を瞑ると、えい、とマウスのボタンをクリックすると、そのままPostedの画面を閉じた。
なんとなく落ち着かなくて、僕はメインストーリーを進めるべく装備を整えると、一人で星影神殿というダンジョンへと赴いた。攻略サイトによれば、ここをクリアすれば、みんなと一緒に行けるエリアが広がるはずだった。
僕は朽ち果ててモンスターが徘徊する神殿の中を単身進んでいく。隠蔽系のスキルを一応取ってはいるが、まるで役に立っておらず、次から次へとモンスターが群がってくる。
推奨レベルは一応満たしているはずだったが、雑魚敵ですらHPがなかなか削れない。僕が苦戦している間に飛んでくる敵の攻撃が結構痛い。
僕はいつも一緒にプレイしている仲間たちのありがたみをひしひしと感じていた。前衛のセケルが皆を守ってくれるから、中衛のナハトが主だった物理攻撃を担ってくれるから、相棒のレナが影に日向にみんなのサポートをしてくれるから僕は戦えている。SS始めたてで、自らの身を守る術を持たない下位職の僕一人では、こんな雑魚敵ですら対等に渡り合うことなどできやしない。
一回グランシャリオまで退いて、誰かと一緒に出直してきた方がいいか。そんなことを考えていると、真っ白だったチャット欄に通知が浮かび上がった。ちらりとチャット欄に目を向けると、レナがログインした旨が表示されていた。
「げ」
チャット欄に気を取られている間に、敵が発した炎のブレスが直撃していた。画面に表示された自分のステータスに炎マークの状態異常が付き、HPバーをじわじわと削り取っていく。
時間経過でしか状態異常から回復する術を持たない僕は、減っていくHPを補うべく、ストレージからポーションを取り出して使った。半分を切り掛けていたHPが瞬時に八割程度まで復活する。しかし、状態異常は継続しているため、再びじわじわとHPが減り始める。
このダンジョンをこのまま進むにせよ、帰るにせよ、まずは目の前のこの敵をどうにかしないといけない。僕はどうにかフレイムリザードなる敵に対抗すべく、最近覚えたスキル《ポイズン・アロー》を発動させる。近接で戦えない以上、状態異常攻撃を駆使しながらじわじわと相手のHPを削り取ることしか今の僕にはできなかった。
ふいに、レナからのボイチャの着信を示すポップアップが画面に表示された。OKボタンを僕がクリックすると、ヘッドセットをした耳元からレナの声が飛び込んできた。
「やっほー、トワ。ひとりー?」
「あ、レナ。一人だよ。みんないなかったから、メインクエ進めてたんだけど、結構手こずってて」
「あー、どれどれ、星影神殿? そこ、状態異常撃ってくる敵いるし、トワのジョブだとちょいきついと思うで。あたし、手伝いに行こか?」
「うん、正直きついし、お願いできる?」
おっけー、とヘッドセットの向こう側から明るく快い返事が聞こえてくる。僕はレナへとパーティ申請を送った。
パーティ申請が受諾されてすぐにピンクのツインテールの魔法使いの少女がテレポートで姿を現した。このゲームには同じギルドの仲間の元にワープすることができる、『星辰の羅針盤』なるアイテムが実装されており、どこかのギルドに所属すると同時にアイテムストレージに自動で追加されるようになっている。
「あちゃー、トワ、状態異常食ろうてるやん。被弾したん?」
「うん、さっき、ちょっと避け損ねちゃって」
しょうがないなあ、とレナは笑うと、僕に向かって状態異常解除の魔法を発動させる。僕のHPの減少が止まり、ステータス欄から炎のマークが消える。
「ほんなら、もういっちょおまけってことで」
レナは僕は向けて続けざまに回復魔法を使う。状態異常の影響で減ってしまったHPが二割程度回復する。
「さーて、この辺の雑魚はうざいし、一気に駆け抜けちゃうとしよっか。トワ、五秒持ち堪えて」
りょーかい、と僕はレナに返事をすると、敵を牽制するように矢を放ち続ける。
五秒後、レナを中心として、氷系の広範囲魔法≪クリスタル・ブリザード≫が発動した。僕たちに近づいてきていたモンスターたちは途端に氷像と化し、動かなくなる。
「ほら、トワ、魔法が解ける前に早く行こう! エリアボスはもうすぐこの奥だから!」
そう言うと、ピンクの髪の魔法使いはマップの奥へとダッシュで進み始める。僕はシフトキーと方向キーを同時押しすると、ダッシュで彼女を追いかける。
崩れかけた神殿の建物の中には静寂が降り、僕たちの足音だけが響いていた。割れた窓の間から差し込んだ星明かりが、モンスターたちを封じ込めた氷の牢に降り注ぎ、きらきらと控えめな煌めきを放っていた。




