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第九話:違和の輪郭~晴翔、二〇一八年晩秋~④


 今年最後の図書委員の当番の日、カウンターの中で僕はノートを広げていた。期末テストは終わったし、別に勉強というわけではない。

 明日は文芸部の活動がある日だ。入部してからこれまでかけて、僕は丁寧にBellFlowerのみんなと出会い、だんだんとセケルとナハトが顔を出さなくなり、レナと二人で中三の冬まで一緒に紡いだ物語を小説という形で描いてきた。

 しかし、それも気がつけば終わりに差し掛かっていた。けれど、今のままではなんだか物語に僕は物足りなさを感じていた。エピソードとエピソードがぶつ切りで話の行間が開きすぎているのだ。

 何かいい打開案はないだろうか、と僕は考えながらシャーペンでノートの隅をぐちゃぐちゃと塗りつぶす。あの作品に対して何かをしたい、とは思うもののその何かが思いつかない。

「津城くん、そこのラックの本、戻してきてくれる?」

 うーんうーんと僕がシャーペンの尻を齧りそうになりながら唸っていると、司書室から出てきた若井に声をかけられた。あっはい、と僕が返事をし、シャーペンを置くと、カウンターの上に広げたノートを若井が覗き込んできて、

「あら、居眠りでもなくスマホでもなく勉強してるなんて珍しいわね。さては、津城くん、期末赤点あった?」

「若井先生、そんなんじゃないですよ。僕、全教科平均とまでは言わなくても赤点は余裕で回避してるので。これはその……部活のやつです。ちょっと行き詰まってて」

「津城くんって確か文芸部だったかしら? いいアウトプットのためには良質なインプットが必要不可欠よ」

 若井が言っている意味がわからなくて、どういうことですか、と僕は聞き返す。

「つまり、いいものを書きたかったら、小説でも漫画でも映画でもアニメでもなんでもいいから、いいものをたくさん見たり読んだりしなさい、ということよ。せっかく図書室にいるんだから、津城くんが読書に興味を示してくれると、司書の私としては嬉しいんだけど」

 ちょっといいかな、と若井はカウンターの上に転がった僕のシャーペンに手を伸ばすと、ノートへと流麗な文字で何作か本の名前と著者名を書き綴った。

「この辺り、私のおすすめ。津城くんくらいの若い子でも読みやすいんじゃないかな」

「は、はあ……」

 若井が書いてくれた本のリストの中にはベストセラーになったものから聞いたこともないものまで入り混じっていた。今はまだ十六時で閉館時間まで余裕はあるし、カウンター当番がてら何か一冊くらい読んでみてもいいかもしれない。

「それじゃあ津城くん、ラックの本よろしくね」

 そう言うと、若井は奥の司書室へと引っ込んだ。僕はラックの上の本を腕に抱えると、書棚の林の中へ足を踏み入れた。

(九一三……これも九一三か。今日は小説ばっかだな)

 図書分類を確認すると、僕は小説の並ぶ書架へと近づいていく。腕の中の本の作者を確認しながら、僕はあいうえお順に本をしまっていった。

(あ……これさっき、若井先生が教えてくれた本だ)

 僕は見覚えのあるタイトルのソフトカバーの本を手に取ると開いた。表表紙の裏にあらすじが記されており、僕はそれに視線を走らせる。

 あらすじを見ると、それは二人の少年少女の何気ない日常を描いた純文学作品のようだった。少年と少女、それぞれの視点で交互に語られる日常風景によって構成されている。

 僕はその場に座り込むと、本のページを繰り始めた。幸い、今は図書館を利用している生徒もいないし、若井も司書室に引っ込んでいるため、誰かに見咎められる心配もない。

 その本は普通の少年の何でもない新学期の風景から始まっていた。クラス替えや委員会決め。所属する部活に体験入部の新入生がやってきたこと。そんななんでもないことが中学二年生の少年の視点から切り抜かれ、文字として綴られていた。

(――これだ)

 僕は頭の中を渦巻いていた靄がすっと晴れていくのを感じた。こんなふうに僕やレナの日常をゲームの話との合間合間に挟んでいくのはどうだろう。

 僕は内心で若井に感謝しつつ、その本を胸に抱いて立ち上がる。忘れないうちに今の思いつきをノートに書き留めておきたかった。僕は急ぎ足でカウンターへと戻るべく踵を返した。

 ぱたぱたという僕の上履きの音がグレーのカーペットに吸い込まれていく。僕はカウンターへ戻ると、椅子に腰を下ろす間も惜しんで、シャーペンを手に取った。


 帰宅して夕飯を済ませると、僕は自室のベッドに寝転んだ。スウェットのポケットからスマホを取り出すとLI-NGを開いた。

 時刻は二十時過ぎ。今の時間なら、術後の経過が良くなくて部活を休んでいるというレナは間違いなく家にいるはずだ。夕飯や風呂とかぶっていないといいなと思いながら、僕はこんばんはとレナとのチャットにスタンプを投げ込んだ。

 タイミングが悪くなかったのか、ほどなくして、レナから反応があった。

「今いいかな? ちょっとお願いしたいことがあって」

「いいですよ。何?」

「僕、部活で小説書いてるっていったじゃん」

「SSでのあたしたちをモチーフにしているっていう?」

「そう。ゲームでのやりとりをメインで書いてたんだけど、それだとどうしてもエピソードとエピソードがブツ切れになっちゃうのが気になっててさ。それで、エピソードの合間合間にリアルの僕たちのエピソードを入れてみようかなって思ってるんだ」

「リアルのエピソード、ですか?」

「友達とどんな話をしたとか、どこに行ったとか。星が見えたとか雪が降ったとか。部活がどうとか、テストがどうとか、お互いのそんな他愛もない話を挟みたいんだ。特に何が起こるわけじゃない――純文学っぽいテイストの何でもない日常風景を合間合間で描いてみたいなって思ってる」

「なるほどです。それで、お願いって?」

「できれば、僕だけでなくレナの日常風景も書きたいから、改めて話を聞かせてもらってもいいかな。これまでもLI-NGでいろいろ聞かせてはもらってるけど、もう少し詳しいことも知りたいし、何より僕、最近のレナのこと、全然知らないから」

 わかりました、と返事が来るまでに少しの間があった。友達だとはいえ、リアルのことに深入りしようとするのはいささか無神経だっただろうか。

「ごめん、友達とはいえ、あんまり根掘り葉掘り聞かれるのって気分良くないよね。嫌だったら断ってくれても全然いいよ」

「大丈夫。だけど、いきなり一気に全部っていうのは難しいから少しずつでもいいですか?」

「ありがとう、それで全然構わないよ。ところで、今日はまだ時間ある?」

「はい。何か聞きたいことがあれば、少しならまだ話せますよ」

「それじゃあさ、三年前のゴールデンウィークぐらいの話を聞かせてもらってもいい? 僕たちが初めてLI-NGで話したくらいのころのこと」

 もちろん、とレナから快い返事があった。そして、彼女は相変わらずどこかぎこちない語調で、まだ知り合ってから間もないころの、懐かしくてどこかくすぐったい話をチャット欄に書き綴り始めた。


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