第九話:違和の輪郭~晴翔、二〇一八年晩秋~②
「蒼也たちはよく食べるね……」
学校から程近い駅前の商店街にあるファミレスで、注文を終えると僕は感心した。
僕が頼んだのは普通のミックスグリルのセット、蒼也たちが頼んだのはウルトラスーパーギガ盛りプレートなるものだった。僕のはチキンステーキとハンバーグ、ソーセージが一つずつ乗っているだけのありふれたものだ。しかし、蒼也たちのは大盛りのガーリックビーフピラフの上にハンバーグとチキンステーキとハッシュドポテトとコロッケとエビフライが三つずつ乗っているという、大食い番組でしか見かけないような代物だ。こんなの本当に頼む人いるんだ。それもこんな身近に。
「おれたちはこのくらい普通に食うぞ? 何てったって成長期で食べ盛りだし。な、大智」
「うん、旭飛の言う通りっていうか、これでもまだ足りないくらいだぜ? 俺たちサッカー部は燃費わりーから」
旭飛と大智の言葉にええー、と僕は少しげんなりする。僕が別に少食なだけだとは思いたくはない。というか、この二人が成長期で食べ盛りなら、僕だってまだ成長期で食べ盛りのはずなんだけど。
「オレ、ドリンクバー取ってくるけどお前ら何がいい?」
蒼也がそう聞くと、「任せるー」「適当で」と二人は返事をする。「僕も手伝うよ」蒼也だけでは物理的に手が足りない。僕は自発的に席を立った。
ドリンクバーで僕はグラスに氷を入れ、アイスコーヒーを入れていると、蒼也が妙な動きをしていることに気づいた。
何やってんの、と僕が半眼で問うと、にぃっと蒼也は悪い顔をした。
「あいつら、オレに任せるとか適当でとかいい加減なこと言ってただろ? だから俺に丸投げしたことを後悔させてやろうかと思って」
そんなことを言いながら、蒼也は野菜ジュースの上からアイスココアを注いでいく。彼はその上からなんてことはなげに更にコーラを継ぎ足した。
「いやいや待って、そろそろそういう中学のノリ卒業しようよ。僕たちもう高二だよ?」
新しいグラスに抹茶ミルクを入れ、その上からレモンスカッシュを注ごうとしている蒼也を僕は制止しようとする。しかし、蒼也は着々とダークマターを生産しながら、
「まあそんな堅いこと言いなさんなって。飲むのオレたちじゃねーし。旭飛と大智だし」
「……」
僕は席で待っている友人二人に憐れみを覚えた。まあこんなことで怒る二人ではないとは思う。思いたい。
「じゃあオレ、先戻ってるから。晴翔、悪いんだけどオレの分のジンジャーエール持ってきてくんない?」
何とも言えない濁った色の液体が並々と入ったグラスを二つ手に取ると、蒼也は僕にウインクを飛ばして席へと戻っていった。はあ、と僕はため息をつくと、グラスに氷を入れ、ジンジャーエールを注いだ。
アイスコーヒーとジンジャーエールを手に僕が席に戻ると、テーブルの上には壮観が広がっていた。僕のものとは比べ物にならない巨大な肉料理と揚げ物のプレートが三つ。そしてそれに比べたらまるで食品サンプルのように小さくちゃちい僕のミックスグリル。
「あ、晴翔。何で蒼也のこと止めてくれなかったんだよー。ダークマターとダークマターしかねーじゃん」
席に戻ってきた僕の姿を認めると、旭飛とどっちがましだと飲み物を押し付け合っていた大智が僕へと向かって文句を言ってきた。僕はジンジャーエールを蒼也に渡し、ボックス席のソファーに腰を下ろしながら、
「僕は止めたよ。だけど蒼也が聞かなくって」
「何で止められないんだよ、お前幼馴染だろ! そんなやつはっ、こうだ!」
旭飛はテーブルの上のタバスコを手に取ると、僕のアイスコーヒーへと容赦なく振りかけた。「えっちょっ、待っ」僕が旭飛からタバスコを取り上げようとしてわたわたとしていると、「お客様、店内ではお静かに願いまーす」おざなりな店員の注意が席の横を通り過ぎていった。
「ほら、怒られちゃったし、大人しく食おーぜ。冷めちゃうし」
事の元凶である蒼也はしれっとした顔でそう言うとカトラリー入れからナイフとフォークを取り、カロリーたっぷりな巨大プレートを相手取り始める。「「「お前が言うな!!」」」僕たちは異口同音に蒼也へと突っ込んだ。再び店員の視線がこちらに向けられ、僕たちは肩をすくめ合うと仕方なしに食事を始めた。
十五分ほどして食事が済むと、僕たちはバケツポテトを追加注文した。サッカー部の面々が僕と同じ速度で食事を平らげているのも驚きだが、あれだけ食べてまだ食べるというのが驚きである。もう何から突っ込んだらいいのかわからない。同い年の男子だというのに、運動部か文化部かというだけでこうも違うものか。
やがて運ばれてきた寸胴鍋のようなサイズの容器に入ったポテトに僕たちは手を伸ばし始めた。
「それにしても本当にみんなよく食べるよね……」
「いや、晴翔が食べなさすぎなんだろ。そんなだから、身長はあるのにそんなひょろひょろなんだよ」
「それはそうとさー、もうすぐクリスマスじゃん。この中に誰か予定ある奴いるー?」
「そういや、先月の終わりに蒼也が何か隣のクラスの女子に告られただろ? あれってどうなったんだ?」
「え、蒼也、いつの間に? 相手誰?」
「確か向坂だよ。向坂千帆」
「えーマジか、あの子結構可愛いじゃん。で、どうすんの、付き合うの?」
蒼也が女子に告白されたらしいという話題に僕たちはにわかに色めきだった。蒼也はむしゃむしゃとポテトを頬張りながら、
「ん、断ったけど」
「え、何で! もったいない!」
「だってオレ、向坂と接点ないし、よく知らねーもん」
「そんなん付き合ってから知ってく努力をしてけばいいじゃん! あー、何で断るかなあ……向坂人気あんのに……蒼也、お前結構な数の男子敵に回したぞ!?」
「何でって、オレもオレで好きなやつくらいいるしなあ……」
「ちょっと待って蒼也、その話僕初耳なんだけど!?」
「え、俺もその話知らねえ。旭飛知ってる?」
「いや、知らない。蒼也、誰? マジ誰?」
蒼也は僕たちに問い詰められ、口の中のポテトを飲み下した。そして居心地悪げに僕たちから視線を逸らすとぼそりと呟いた。
「……穂積」
「蒼也、お前顔より胸派か! この爽やかむっつりめ!」
「確かに穂積は向坂に比べて胸あるけどさあ……でもおれとしてはやっぱ尻にそそられるっていうか……ほら、例えば花野井とか。安産型だし」
「今は旭飛の女子の好みとか別にいいから! そういう話じゃないから!」
「いや、好みの話は大事だろ。そういう晴翔は好きな女子とかいないわけ?」
「そうだよ、オレのことより晴翔だよ。晴翔、お前、例の京都の女の子ってどうなったんだ? 最近めっきり話題に出ないけど」
「え、晴翔に女とかそれこそ初耳なんだけど」
気がつけば話題はすっかり蒼也の好きな女子の話から僕の話へとすり替えられてしまっていた。蒼也はともかく、高校に入ってから仲良くなった二人は僕とレナとのことを知らない。余計なことを言ってくれたものだと蒼也を恨みがましく思いながらも、僕は旭飛と大智にレナとのことを説明する。
「今はもうサービス終了しちゃったんだけど、中一の春休みにPC版のStarlight Sagaで、京都に住んでる同い年のレナって女の子と知り合ったんだよ。お互いBellFlowerっていう小規模ギルドに所属してて、他にも人はいたんだけど、後衛同士ってこともあってこの子とは特別仲良くなって。
そのうち、ゲーム外で――PostedとかLI-NGでも絡むようになったんだけど、向こうが部活で忙しいとかで高校に入ってから疎遠になっちゃってさ。あ、でも一年くらい何の連絡もなかったんだけど、先月の終わりくらいに久々に連絡来たんだよね」
「へえ。そのレナって子はなんて?」
「普通に久しぶり、って。ただ、一年も音信不通だったからかな、なんかちょっと他人行儀っていうかよそよそしくって」
「晴翔が何か気に障るようなこと言っちゃったんじゃねーの? 晴翔、たまに天然無神経だし。一年連絡なかったのもよそよそしいのもそういうことじゃないの?」
「いや、なんか部活で喉を痛めたとかで手術のためにしばらく入院してたらしくってさ」
「喉を痛めるような部活って合唱とか軽音とかか?」
「合唱だって。何か通ってる高校が合唱の強豪校らしくって、練習厳しいらしいよ」
「それにしたって、一年って連絡なさすぎじゃん?」
「だからまあ、どうしてレナがそんなふうになっちゃったのかわかんないけど、今、前みたいに話せるように関係修復の真っ最中」
「で、実際どうなの? そもそもその子に恋愛感情とかないわけ? 最近はネットで知り合って付き合うみたいなのも普通になってきてるじゃん」
べ、別に、と僕は一瞬たじろいだ。レナのことは普通に可愛い女の子だと思う。それに性格だって気安くて飾らない少しさばけたところを気に入ってはいる。ただ、それは人間として好ましいというだけであって、恋愛感情とかではないと思う。たぶん。レナに彼氏ができたらちょっとは寂しい気がするけど、異性として好きとかではないと思う。きっと。
「な、何にもないよ、普通に友達」
ふうん、といまいち納得しきっていない蒼也たちの視線が僕に向けられる。それから僕はポテトの容器が空になるまで、レナとのことを根掘り葉掘り聞かれ続けた。
店の窓の外で、車が水飛沫を飛ばしながら交差点を曲がっていくのが視界の端に見えた。まだ十四時を回ったばかりだというのに、空は淡い灰色でなんだかちょっと薄暗い。
空から滴り落ちる水滴はわずかに大きさを増し、雨から霙へと変わりつつあった。




