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第七話:終わりの朝~晴翔、二〇一七年初夏~①

 光る風が眼下の無人のグラウンドを軽やかに走り抜けていった。ゴールデンウィークも明け、すっかり空模様が夏めいてきた。僕の机の上には化学のテストの答案用紙があるけれど、僕はそれを見て見ぬふりをしながら窓の外を見つめ続ける。七割は埋めたし、入学早々赤点ということもないだろう。

 キーンコーンカーンコーン。黒板の上の丸く飾り気のない時計が午後二時半を差し示し、チャイムが鳴った。これで二日間にわたった中間テストも終わりだ。

 答案用紙を前へ回し、リュックに筆記具を突っ込むと、僕は席を立った。今日は火曜日、部活動の日だ。

 高校に入学し、僕は文芸部に入部した。前にレナが僕が手遊びに書いたSSの二次創作の短編を誉めてくれたのが大きい。今は、週に二度の部活で、BellFlowerの出会いの物語を脚色たっぷりに小説という形で書き綴っている。もうきっと一緒に遊ぶことはないのだろうけれど、セケルとナハトというかけがえのない仲間がいたことを、レナと過ごしてきた時間のことをどこかに残しておきたかった。

「晴翔ー、化学どうだったー?」

 僕が教室を出ようとすると、蒼也が声をかけてきた。僕は苦笑混じりに微妙、と返す。

 幼馴染の七海蒼也とは気がつけば高校まで一緒になってしまった。僕が特に行きたい高校がなくて、自宅から通いやすい範囲で偏差値に余裕がある高校を選んだら、自然と蒼也と同じ学校になってしまった。まさか、中二から三年連続で同じクラスになるとは思っていなかったけれど。

「なあ、晴翔。部活まで時間ある? ちょっと手伝って欲しいんだけど。旭飛(あさひ)たちとレイドバトルしてるんだけど負けそうでさー」

 沢渡旭飛(さわたりあさひ)長谷川大智(はせがわだいち)は高校に入ってから出来た友達だ。二人とも蒼也と同じサッカー部員で、彼らとは蒼也を通じて仲良くなった。Brand New Fantasiaというスマホゲーで同じレイドに所属する仲間でもある。

 蒼也たちに誘われて、ゴールデンウィークのキャンペーンを機に始めたBrand New Fantasia――通称BNFは、三年ほど前にローンチされたスマホRPGだ。七賢人と呼ばれる人々が作った七つの人工島を舞台に、トレジャーハンターとなって世界の秘密を解き明かすという王道のストーリーだ。本編とは別に、外伝となるストーリーイベントや、レイドイベントなども頻繁に行なわれており、やることには事欠かないゲームとなっている。

「レイドバトルって何やってるのさ?」

 スマホをダークグレーのブレザーの胸ポケットから取り出しながら、顔を突き合わせてスマホを操作する旭飛と大智の元へと僕は近づいていく。大智はちらりと僕に一瞥をくれると、

「アイスワイバーン。旭飛に素材あと一個だけだから部活前に付き合えって言われてさ」

「水属性の装備強化したくって。ゴールデンウィークの無料ガチャで、URのソラ引いたからさ」

「ソラかー、いいなー。僕まだソラやトゥルクみたいな人気どころどころか、UR一回も引いたことないんだよねー。どれだけ引いてもSR止まり。あ、このバトル入ればいいんだよね?」

 レイド宛てに旭飛から救援要請が来ているバトルを僕は指で指し示す。そうそうそれそれ、と蒼也がスマホ片手に頷いた。

 バトルに入って状況を確認すると、旭飛が瀕死になっていた。蒼也と大智もかろうじて瀕死は免れているが、凍結の状態異常(デバフ)をつけられており、思ったように動けない状況だ。

 まだアイスワイバーンのHPは六割近く残っている。僕を呼びにきた蒼也の判断は正しかったが、なぜこの三人でこの敵に勝てると思ったのか。

(BellFlowerのみんななら、この程度のバトルでこんなふうに壊滅状態にはならないんだけどな……せめて、レナがいればなあ……)

 高校受かったら一緒に何か新しくゲームやろう、なんて話もあったし、レナを誘ってみようか。僕はそんなことを考えながら、各キャラのアビリティを発動させていく。

 BNFでは、キャラの基本パラメータと属性、武器と装備品の組み合わせで発動できるアビリティやスキルの内容が変動する。自分のパーティ内に回復アビリティを持つキャラがいたので、ひとまず僕はレイドメンバーの窮地を救うべく、指を動かした。

 みんなのHPや状態異常(デバフ)を回復させると、僕はキャラのアビリティで敵に麻痺の状態異常(デバフ)をつけた。敵が麻痺から回復するまでの六十秒の間にこいつのHPを削り切ってしまわなければならない。

「晴翔、サンキュ」

「お、でかした」

「今のうちに畳みかけろー」

 僕たちは身動きが取れなくなったアイスワイバーン目掛けて攻撃の集中砲火を浴びせかけた。

 アイスワイバーンのHPゲージを眺めながら、僕はこうだけどこうじゃないんだよなともどかしさを感じていた。蒼也たちは悪いやつらじゃないし、ゲームをやっていてつまらないわけじゃないけれど、BellFlowerのあの濃密な時間には敵わない。

 そんなことを考えながら、僕はアイスワイバーンに向かってラストアタックを叩き込む。バトルクリアの文字がスマホの画面に表示されると、よっしゃー、と蒼也たちの歓声が上がる。

 ふと窓の外を振り返ると、グラウンドで中間テストから解放された生徒たちが各々の部活動の準備をしているのが遠目に見えた。夏の気配を纏った涼風が若葉の生い茂った木々の間を通り抜けていき、さわさわと外の喧騒を上塗りしていった。


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