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第六話:寒花は動く歯車のように~律花、二〇一七年冬~②

 青く澄んだ寒空の下、参道をひっきりなしに人が行き交っていた。元日を避け、新年二日目を選んだにもかかわらず、人でごった返している。

 一月二日、午後。あたしは楓佳と瑚夏と一緒に伏見稲荷を訪れていた。来年も一緒に来ようなどという話で早くも盛り上がっていたが、別々の高校に行く予定である以上、彼女たちと一緒にこうして新年を過ごすのは最後かもしれなかった。一年後のあたしたちがどうなっているかなんてまるで予想もつかない。

「ねえ、瑚夏と律花は何か初夢って見た?」

「見た見た、福袋のラスイチをギリギリのところで取り逃がすの」

「めっちゃ煩悩まみれやん。富士山も鷹もナスも何も関係ないやん」

 正夢にならないとええなあ、とあたしが小さく肩をすくめると、それなと瑚夏は笑う。

「で、律花は? 律花は何か初夢見た?」

「何かSSでめっちゃ無双してた……魔法の火力いつもの五倍くらい出てた……」

 BellFlowerの四人でSSをプレイしている夢を見たというのが正確なところだ。あの濃厚な短い時間が懐かしくて大切で、夢から醒めたときにはあたしの目元はうっすらと濡れていた。

 何それ、と楓佳は小さく吹き出すと、

「それ単なる禁断症状とちゃうん? 二学期終わってからゲーム封印してるんやろ?」

「煩悩まみれって律花も私のことどうこう言えないやん」

 そんな話をしている間にも、人波はゆっくりと前へ進み続け、外拝殿の脇を抜けるとあたしたちは本殿へと辿り着いた。本殿の前には参拝客が行列をなしており、あたしたちはその後ろに並んで順番を待つ。

 あたしたちは財布から小銭を取り出すと、前の人の肩越しに賽銭を投げ入れた。二十五円。二重にご縁がありますようにという有名な語呂合わせだ。

 あまりの混雑に二礼も二拍手もできないまま、あたしたちはただただ手を合わせ、目を閉じる。

(どうか、またBellFlowerのみんなで――それがたとえSSじゃなくてもいいから遊べますように。あと、トワの受験が無事に終わりますように……あ、受験生って言ったらナハトもか)

 一体どうしてるんだろうなあと頭の隅で考えながら、あたしはこの神社に宿るという何者かへと祈りを捧げた。

 手を下ろし、目を開けると、瑚夏と楓佳もちょうど祈りを終えたところだったらしく、視線が交錯した。「行こっか」「そうだね」「おみくじ引こうよ」あたしたちは頷き合うと、本殿の前に押し寄せる人の壁を縫って抜け出した。

 社務所であたしたちはそれぞれ二百円を払っておみくじを引いた。楓佳が凶後大吉、瑚夏が向大吉、あたしが吉凶不分末吉という結果だったが、それぞれがどういう意味なのか理解できずに社務所の横でスマホで検索する羽目になった。どうやらあたしのは、現時点ではどうなるかわからないけれど、もしかしたら末吉になるかもしれないという意味らしい。どう転んだって大して運が良くない上に神様にもわからないってどういうことだ。二百円払わされた割にはなんとも無責任な結果だ。

 あたしたちがおみくじを畳んで財布の中にしまっていると、社務所で売られているお守りがちらっと視界に入った。そういえば、トワは以前に修学旅行でこの伏見稲荷に来たと言っていたはずだが、彼はお守りを買っただろうか。

(年明けに通話したときに聞いとけばよかったな。持ってないんだったら買って送ってあげたのに)

 まあいいや、と思い直すとあたしは瑚夏と楓佳に声をかける。

「奥社行って絵馬書こ」

「いいね、去年も書いたキツネのやつ?」

 瑚夏の言葉にそう、とあたしは頷いた。そして、あたしたちは社務所脇の階段を上り、次々と参拝客が吸い込まれていく千本鳥居へと足を踏み入れた。きっと、トワの修学旅行の行程では、このどこまでも続く朱色の鳥居の群れを見ることすら叶わなかったに違いない。そのことを思うと、自然と苦笑がこぼれた。

 他の参拝客たちの後ろについて歩くようにして、綿々と続く鳥居の下を数分ほど歩いていくと、唐突に鳥居が途切れ、奥社奉拝所が姿を現した。

 あたしたちは奥社受付所でキツネの顔の形をした絵馬を買うと、混み合った長テーブルの一角でスペースを確保する。そして、あたしたちは備え付けのマジックペンを手に取ると、楓佳はキラキラとした七十年代の少女漫画風、瑚夏のはポップなアメリカンカートゥーン風、あたしは劇画調と思い思いにキツネの顔を書き込んでいった。「律花のやつ書き込みすごっ」「迫力あるねえ」「せやろ? ちょっと気合い入れてみた」楓佳と瑚夏に絵馬の出来を褒められ、あたしは鼻を高くする。そして、絵馬を裏返すと、あたしはさらさらと文字を走らせていった。

「ねえ、楓佳と律花は絵馬なんて書いたん?」

「わたしは月並みだけど高校受かりますようにって。律花は?」

 えー内緒ー、とあたしが手で絵馬の内容を隠すと、瑚夏が半眼であたしの脇腹を肘で突っついてきて、

「どうせ、律花のことだから例のゲームの男の子のことでも書いてるんやないの?」

「何それ、ちょっと妬けちゃうなあ」

 二人の指摘は的を射てはいた。あたしは先ほど本殿の前で祈ったのとまるきり同じ内容をこの絵馬に記していた。

「そんなことより早く絵馬かけにいこうよー」

 あたしはペンを元に戻すと、個性豊かなキツネの生首がびっしりと吊るされた絵馬掛所へと向かってそそくさと踵を返す。「あっ逃げた」「律花、待ってってば」二人はそう言うとあたしを追いかけてきた。

 あたしは絵馬掛所のフックに自分の絵馬を結ぶと、しばしそれを見つめた。このささやかな願いがどうか叶うようにと、あたしは白い息を吐きながら祈るように指を組む。透明な波板の屋根越しにぼんやりと見える雪後の天には蝶々雲が悠然と羽ばたいていた。


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