第五話:同じ空の下~晴翔、二〇一六年初夏~⑤
頭上に広がる紺碧の夜空。冴え冴えとした玉輪が白く地上を照らし、煌めく筋となって星々が最後に残った命の火を散らしているのが見える。
北天の星を中心として星が降り注ぐこの丘は、その名を『星屑の丘』という。僕とレナは上位装備の素材を集めるために、この場所を訪れていた。
この丘には満月の夜にだけ、白狼というレアモンスターが現れる。このモンスターから取れる牙は強力な武器に、毛皮は強靭な防具に加工することができる。
「んー、白狼おらへんなあ」
草むらに落ちている白く光る石――星光石を拾い集めながら、レナがボイチャ越しにそう言った。装備の強化のために星光石も必要ではあるが、今日の目当てはあくまで白狼だ。
「ところでさー、トワ、修学旅行どうだった? 本気であのプラン回ったわけ?」
「いやー、回ったは回ったんだけどさ、レナの言う通り、めっちゃきつかったよ。観光なんてほとんどできなかった」
だろうねえ、とレナは白い石を手にしながら苦笑する。
「そういえば、教えてもらったプランにはなかったけど、清水寺とか行かなかったわけ? 京都観光のど定番もいいとこだよ? あたしは行ったことないけど」
「清水寺なら最終日にみんなで行ったよ。途中の坂――三年坂だっけ? あそこでお土産ものとか買ったりしてさ。女子たちは何か桃味とかソーダ味の八ツ橋買ってたけど、あれっておいしいのかな?」
「ええー、そんなの邪道もええとこやって。八ツ橋はニッキに限るやろ。抹茶はギリ許す」
「やっぱそうなのかー。そういえば僕の友達は、禁止なのに木刀買って制服のズボンの中に隠し持って帰ろうとしたのを先生に見つかってめっちゃ怒られてた」
「なにそれウケるんやけど。何で男子って木刀とかそういうやつ好きなん?」
「さ、さあ……」
蒼也が木刀を選んでいる横で、僕はミニサイズの日本刀のキーホルダーを購入していたが、それはどうやらレナには言わない方がよさそうだった。絶対馬鹿にされる。
「そういえば、清水寺って何か滝あるじゃん。三本の」
「ああ、音羽の滝ね。それがどうかしたん?」
「あれって、長寿・恋愛・学業ってあるじゃん。女子たちがめっちゃ恋愛に食いついててすごかった」
「あれ、どれもただの水で効果なんてないのにね。で、トワはどれ飲んだの?」
「えっ、それは……が、学業だよ。冬には受験あるし」
「えー、なにそれ真面目ー。つまらへんなあ」
僕はレナに嘘をついた。僕が飲んだのは恋愛成就の水だったが、それを彼女に言うのは憚られた。僕が恋愛成就を選んだのを見た蒼也に、相手は誰だよーと根掘り葉掘りされたのは記憶に新しい。よりにもよって、レナに同じことをされたくはない。
「それはそうと、レナはなんか勉強するとか言ってたじゃん。そっちの成果はどんな感じ?」
「ぼちぼちって感じやなー。今年の文化祭までにはもしかしたら面白いものができるかも」
「面白いものって?」
「まだ内緒。だけど、出来上がったらトワには一番最初に見せてあげる」
約束ね、とレナは自分のキャラアバターの紅の眸を片方だけ瞑らせた。りょーかい、と僕は自分のアバターの親指と人差し指で輪っかを作ってみせた。
ワオオオオン。丘の向こう側でオオカミのものらしき遠吠えが聞こえる。マップのギリギリの辺りに、もしかしたら白狼がいるのかもしれない。
行ってみよう、とレナは杖を手に駆け出した。僕も手に弓を携え、いつでも敵を射られるように準備すると、夜風に靡く桃色のツインテールを追いかける。
暗く澄んだ星宿の空をつ、と命を終えた星が溢れ落ちていく。流れ星の軌跡を追いかけるように、僕たちは光る石の落ちる草むらをかき分け、地平線を目指して走り続けた。




