第五話:同じ空の下~晴翔、二〇一六年初夏~②
米原を通過した旨が車両前方の出入り口の上にある電光掲示板に表示され、しばらくが経った。ぼんやりと眺めていた窓の外の景色が、トンネルを境として田んぼや畑、山ばかりの田舎じみたものから次第に人々の住む街へと変わっていく。
「まもなく、京都です。東海道線、山陰線、湖西線、奈良線と近鉄線、地下鉄はお乗り換えです。今日も、新幹線をご利用くださいまして、ありがとうございました。京都を出ますと、次は新大阪に停まります」
ぽんぽんぽんぽぽん、と短いメロディが流れたかと思うと、車内放送の女性の声がじきに京都に着くことを告げた。ついに来てしまった、と僕は思う。
(京都か……この街のどこかに、レナは住んでいるのか……)
だんだんと窓の外にビルが増えていくのを見ながら、僕はそんなことを思う。レナは自分が住んでいるのは市内でも滋賀県寄りの外れの方だと言っていたが、もしかしたらもしかすることもあるかもしれない。レナとナハトとは違い、僕たちは互いの顔も知っているし、ひょっとしたらひょっとしないでもないかもしれない。結局会う約束は取り付けられていないが、可能性はゼロではない。
「おい、晴翔。そろそろ着くぞ、荷物降ろせよ」
頭上の棚からスポーツバッグを引っ張り出しながら、蒼也がそう僕を促した。あ、うん、と頷くと、僕は前の座席の後部についたテーブルの上の昼食のゴミを片付けた。そして、僕は席から立ち上がって自分の荷物を棚から下ろし、降車の準備をする。
三年生に上がり、ゴールデンウィークと中間テストが過ぎ、僕たちは修学旅行で京都を訪れていた。修学旅行前に学校で配られた旅のしおりによれば、一日目である今日はこれから奈良へと向かう予定らしい。
僕たちを乗せた新幹線は緩やかに減速し、京都駅の十三番線ホームへと滑り込んだ。完全に停止すると、新幹線の左側のドアが開き、僕たち志塚第一中学校三年生の百二十余名は引率の教師たちに連れられてぞろぞろとホームへと降り立った。
ホームの階段を降り、新幹線中央口の改札前まで来ると、僕たちは教師たちの指示でクラスごとかつ出席番号を元に適当に振り分けられた班ごとに並べられた。同じ新幹線で着いたらしいスーツ姿のサラリーマンが、邪魔そうに僕たちを見やりながら、脇を通り過ぎていった。
教師たちによって点呼がなされ、改めてこの修学旅行の主旨や注意事項などが説明された。僕はそれを聴覚の表面で聞き流しながら、きょろきょろとあちらこちらを見回す。ここがレナの住む街なのだと思うと、そわそわせずにはいられなかった。
「志塚第一中学校の生徒としての自覚を持ち、恥ずかしくない行動を……って、おーい、津城! 聞いてるのか!」
学年主任の黒崎に名指しで注意され、僕は意識を現実に引き戻された。「す、すいません」短く詫びると僕は俯く。後ろに並ぶ蒼也が何やってんだか、とでも言いたげに僕の背をこづいた。くすくすと誰かが失笑する声が聞こえてくる。
黒崎の話が終わり、一組を先頭に僕たちは再びぞろぞろと移動を始めた。団体向けに開放された改札口を抜け、正面に見える近鉄の改札へと向かって、学ランとブレザーの人波が緩やかに動き出す。
新幹線の改札を出ると、蒼也が僕の横に追いついてきて、耳打ちした。
「なあ晴翔、さっき何考えてたんだ? やっぱ、例のゲームの女の子のこと? 確か京都なんだろ?」
図星だったが、それを素直に認めるのは何だか照れ臭い。そんなんじゃないよ、と僕はごまかすようにかぶりを振った。しかし、蒼也は納得しなかったようで、話を続けてくる。
「明日、班の自由行動日じゃん? 連絡取って、その子に会いに行ってくれば? 住んでるとことか、ある程度知ってるんだろ? オレ、協力するよ? 班の女子たちとか適当にごまかしとくし」
「いいよ、バレたら怒られるから。それにそもそも、レナと会う約束してるわけじゃないし、平日だから向こうも学校だろうし」
それもそうか、と不満げに蒼也は口を尖らせる。ところで、と蒼也は思い直したように、にやりと口元を歪めると、
「そういえば、晴翔はそのレナって子の顔知ってんだっけ? 実際どーなの、可愛い? あとで写真見せてよ、どうせスマホ持ってきてんだろ?」
「……蒼也には関係ないだろ。絶対見せない」
「えー、ケチくせえの。オレと晴翔の仲じゃん」
ごちゃごちゃと言い合いながら僕と蒼也が歩いていると、「津城、七海、お前ら黙って歩けないのか!」前方から担任の真船純平の怒声が飛んできた。
「……ほら、蒼也のせいで怒られたじゃん」
オレのせいかよ、と蒼也は肩をすくめる。真船が射るような鋭い視線をこちらに向けていたので、僕は口を噤んで前を歩く同じ班の女子の背を追った。
天井から吊り下がった電光掲示板によれば、どうやらこの後十二時半に奈良へと向かう特急があるらしい。僕はそれを見上げながら、スポーツメーカーのロゴが入ったボストンバッグを手に改札を抜けた。




