第一話:電子の海、出会いは縁を結ぶ~晴翔、二〇一五年春~①
南側の窓から、柔らかな昼の日差しが差し込んできていた。心地よい暖かさに僕はふわあ、と欠伸を噛み殺す。
穏やかに揺蕩う春の陽気に、僕の意識が少しずつ占拠されていく。ベッドに横になった僕の手から力が抜け、スマホが転がり落ちた。ごとん、と音を立ててフローリングにぶつかったスマホの液晶画面には読みかけのウェブ漫画が表示されている。
うと、うと、と瞼が落ち始める。春休みに入ってからというもの、こんなふうに日々を無為に過ごしてしまっている。昼寝から目覚めたら夜ということもザラだ。
(……っと、いけない)
僕は眠気の闇の中に落ちかけた意識を無理やり現実へと引き上げる。昨日も一昨日もこのパターンで一日を無駄にしてしまった。眠い目を擦って僕はスマホを拾い上げると、ベッドから体を起こした。
何か眠気覚ましに飲み物でも取ってこようと、僕は部屋を出る。ダイニングキッチンへと向かうと、家の中には誰もいなかった。両親は仕事だし、三つ上の兄の大翔も終日バイトで留守だとか朝聞かされたような気がする。
そんなことを思いながら、僕はシンクで水を汲み、ケトルでお湯を沸かした。そして、ネイビーとホワイトのストライプ柄のマグカップにインスタントコーヒーを淹れると、小腹が空いたな、と僕は戸棚からカップ麺と箸を取り出した。カップ麺の蓋を半分開け、コーヒーに使った残りの湯を注ぎ込むと、僕は右手にマグカップ、左手にカップ麺と箸を持つと自分の部屋へと戻っていった。
僕は行儀悪く足で部屋の扉を開けると、新学期から使う二年生の教科書が山積みになった勉強机の前へと腰を下ろした。マグカップとカップ麺を机に置くと、何かゲームでもしようと僕は机の脇に出したキャビネットの上に鎮座するデスクトップPCの電源を入れる。
OSが起動すると、僕はパスワードを入力した。好きなアニメのキャラがあしらわれたデスクトップ画面がモニターの全面に表示される。「……にが」口の中にコーヒーをわずかに含むと、僕は顔を顰めた。酸味と苦味が入り混じった液体が、眠気の靄を半ば強制的に追い払っていくのを感じながら、僕は手元のマウスを動かし、ブラウザを立ち上げる。
検索エンジンのトップ画面が表示され、「ゲーム 無料」と僕は入力する。新しいゲームが欲しいのはやまやまだが、昨今の一万円近くするソフト事情を鑑みると、月に三千円の小遣いではなかなか手が出ない。
ほどなくして表示された検索結果からトップに表示された特集記事のリンクを僕は開く。ちらりとモニターの下部に表示された時計を見やり、カップ麺が食べごろになったことを確認すると、ページの中央でマウスホイールをクリックし、少し下に動かした。画面が自動で下にスクロールし始めたのを眺めながら、僕は背脂マシマシと宣伝文句が謳われたカップ麺を啜り始める。
(あ、これ……最近、よくCMでやってるやつだ……)
Starlight Saga、通称SS。ローンチ自体は何年か前だが、最近、やたらとテレビで周年キャンペーンのCMを目にする有名なMMORPGだ。
(SSかあ……人気あるみたいだし、やってみようかなあ……春休み、どうせ暇だし)
マウスのホイールを押し、オートスクロールを止めると、僕はSSの公式サイトへのリンクをクリックした。ヘッダに星明かりが印象的な風景と美麗なキャラのグラフィックがあしらわれたページが開く。
「えーと、インストーラは……」
僕はダウンロードページを開くと、インストーラのダウンロードボタンを押下した。すぐにインストーラのダウンロードが開始され、画面にプログレスバーが表示されたポップアップが開く。
プログレスバーの数字がだんだんと増えていくのを眺めながら、僕はカップ麺の残りをずずずっと一気に啜った。そして、そのまま醤油ベースのスープを飲み干すと、公式サイトの掲示板へアクセスする。
(ソロプレイもいいけど、どうせならどっかのギルドに入りたいよな……ソロだと詰むようなとこもあるだろうし)
マウスホイールで画面をスクロールしながら、僕は乱立するギルメン募集のスレッドに目を通していく。社会人ばかりのところは避けたい。時間帯も合いづらいし、課金してがっつりプレイしているプレイヤーが多い気がする。そういうところは貧乏中学生には少々肩身が狭い。
「……お?」
ギルド「BellFlower」。無課金でゆるっとプレイの学生中心の小規模ギルド。平均年齢は十三・三歳。ギルマスのセケルという人にしても、一つ年上の十四歳らしい。
(ここにしてみようかな……合わなければ脱退すればいいんだし)
それにそもそも春休みが明けて、新学期に入れば遊ばなくなるかもしれない。ギルド選びにそこまで真剣に悩むつもりもなかった。
気がつけば、インストーラのダウンロードは完了していた。どうやら、ダウンロードと同時にインストールも終わっているようだった。
僕はデスクトップに新しくできたショートカットアイコンをダブルクリックし、ゲームを起動させる。スタート画面が表示されると、ニューゲームを選択し、僕はキャラメイキングを始めた。