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第四話:雪とチョコレート~律花、二〇一六年晩冬~⑤

 クラスごとの交代制で夕飯と風呂を済ませると、あたしはルームウェアのポケットにスマホを忍ばせて、ホテルの廊下を歩いていた。トワとLI-NGしてくるからちょっと出てくる、と同室の瑚夏と楓佳には正直に言って部屋を出てきたのだが、出かけしなに二人からにやにやとした視線を投げかけられた。別にあたしとトワはゲーム友達であって、それ以上でもそれ以下でもないというのに。

 入浴後、部屋に戻る前に確認したけれど、ロビーや売店、地下のゲームセンターやカラオケの辺りは教師たちが巡回していて、腰を据えてトワとやりとりをするのは無理そうだった。そんなところでスマホを出そうものなら、すぐに教師に見つかって没収の憂き目に遭うのは疑いない。

 どこかいいところはないかと、あたしはレストランや大浴場が集中する本館から、新館へと足を踏み入れる。廊下を進み、地下への階段を降りると、コインランドリーがあった。他には化粧室があるのみで、主要な施設も人気もない。もっとも、合宿のしおりに日数分の着替えを持ってくるように記載されているので、この辺りに教師の姿がないのは道理ではある。

 あたしは灯りの消えたコインランドリーの中へ入ると、一番奥の洗濯機に寄りかかりながら、ルームウェアのポケットからスマホを取り出した。暗闇にぼうっとスマホの液晶が白く浮かび上がる。スマホのロック画面に表示された時計は二十一時十七分を示している。二十二時が消灯時間なので、あと三十分もしたら部屋に戻らないといけない。

 あたしはスマホのロックを解除し、LI-NGを開くと、トワとのチャット画面にこんばんはと書かれたSS公式が出しているスタンプを投下した。そして、あたしはカメラロールを開くと、今日撮った写真を立て続けに送信していく。

 山頂から見た景色。休憩時間に楓佳と一緒に作った雪だるま。今日、あたしが見たものや体験したことについて、トワに知ってほしかった。

 雪国の夜は冷える。あたしの住む京都も大概寒いが、長野の山奥は殊更に寒い。あたしは悴んだ指に息を吹きかけた。口から漏れる息が白い。ここは室内だというのにどれだけ寒いんだ。

 二、三分して、あたしが送ったスタンプや画像に既読がついた。そして、トワからこんばんは、とチャットが返ってくる。

「まったく無茶して(笑) 先生とかに見つからない?」

「大丈夫大丈夫、いい穴場見つけたから」

「ならいいけど、気をつけなよー。それにしても、本当に長野きてるんだねー。それでどう、ナハトに会えたりとかしちゃった?」

「そんなわけないやろ。というかさー、聞いてよー」

「どうした」

 ぽんぽんとテンポよくチャット画面に文字が浮かび上がる。画面の上部に表示された時計は、二十一時二十三分を指している。あたしは、画面に冷えた指を滑らせて、

「今日さー、初めてスキーやったんだけど、担当のインストラクターが体で覚えろ、本能で覚えろみたいなタイプでさー」

「うん」

「板の着脱の仕方覚えたと思ったら、すぐリフト乗せられて。転んでリフトは止めるし、崖から落ちかけるしでもう散々」

「初日で崖から落ちかけるのはなかなか怖いねー。リフトは僕も経験あるよ。慣れないうちは結構止めちゃったりするよねー」

「あれ、トワってスキー経験者?」

「僕、小五のときに学校行事でスキー合宿行ったことあってさ」

「へえ、そうなんだ。トワのときはどこ行ったん?」

「十日町。新潟の」

「へー、東京の子ってスキー合宿、新潟の方行くんやねえ」

「僕の小学校はそうだったよ。学校によっては、福島の方行ったりもするみたいだけど」

「ふうん」

 ぽんぽんと文字での会話の応酬が続く。とりとめもなく雑談に話を咲かせているうちに、気がつけば消灯時間が近づいてきていた。

「あ、ごめん。あたしのほうからLI-NGしておいてあれなんやけど、そろそろ戻らないと。あと十分で消灯時間なんだ」

「わかった。それじゃあまたね。明日も楽しんできてね」

「うん、ありがと。っていうか、明日帰ったらまたSSで話そ」

「僕はいいけど、そんな疲れてるときに無理してインしなくても……」

「あたしがインしたいからええの。こうやってSS断ちしてると、SSやりたすぎて禁断症状が」

「この廃ゲーマーめ。それより、早く戻りなよ。時間やばいんでしょ?」

「そうやった、戻らないと。じゃあね、おやすみ。また明日、SSで」

「まったくもう(笑)」

 それじゃおやすみ、というトワの最後のチャットを確認すると、あたしはルームウェアのポケットにスマホを突っ込むと、コインランドリーを出た。

 もう消灯時間まで、あと五分ほどしかない。あたしは館内用のスリッパの音をぱたぱたと響かせながら、本館にある自分の部屋へ戻るべく駆け出した。

 トワと話すのは、瑚夏や楓佳と話すのとはまた違った楽しさがある。彼女たちもまた、あたしにとって大事な友達だし、軽んじるつもりはないけれど、なんだかトワは精神的に彼女たちよりも密接に繋がっている感じがする。

 体は頭のてっぺんから爪先まですっかり冷え切っているというのに、何だか心はほくほくと温かい。今しがたのなんてことのない会話を脳内で反芻しながら、あたしは一段飛ばしで階段を駆け上がった。


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