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第四話:雪とチョコレート~律花、二〇一六年晩冬~①

 京都は夏は暑さに悩まされるが、冬は寒さに苛まれるのが常である。それはこの京都という街が山々に囲まれた盆地であるという地形上の特性だった。

 そんな暑さも寒さも関係なく買い物が楽しめるのが、京都駅の地下街である。来週に学校のスキー合宿を控えたあたしは、楓佳と瑚夏と一緒に京都駅の中央口を出てすぐのところにあるここへと買い物に来ていた。スキー合宿のときに着るルームウェアをお揃いで買うためだった。

 ルームウェアを色違いで買い、あたしたちは揃いのショッパーを手に店を出た。あたしたちが買ったのはボーダー柄のもこもこ素材のルームウェアで、あたしがピンク、瑚夏が水色、楓佳がベージュだった。

 日曜ということもあり、地下街は買い物客が忙しなく行き交っている。十六時過ぎという今の時間はまだ帰宅するには早く、あたしたちは人波に乗って歩き出す。

「ねえねえ、今日バレンタインやん? チョコ見に行こうよ。確かあっちのエリアの広場の前に量り売りの店あったやん?」

 楓佳の提案にいいねえ、と瑚夏が乗っかる。

「みんなでチョコ買って交換しようよ! いわゆる友チョコってやつ」

「友チョコはええけど、絶対お店混んでるやろ……」

 暗に行きたくないとあたしは主張する。しかし、瑚夏はあたしのキャメルのチェスターコートの背をぐいぐいと押すと、

「それもバレンタインの醍醐味やん。ほら律花、行くで!」

「あーもう、わかったよ……」

 あたしたちは今いる南エリアを出ると、西エリアの端にある量り売りのチョコレートの店へと向かった。

 西エリアと東エリアのちょうど境目にあるその店の前では、試食用のチョコレートを配る女性店員がかきいれ時とばかりに、声を張り上げて客を呼び込んでいた。

 あたしたちが赤い包み紙の試食のミルクチョコレートを受け取って店の中に足を踏み入れると、販売台の周りに女性たちが老いも若いも入り混じって群がっていた。下は二、三歳の乳幼児で、上は三桁に届きそうな年齢だ。

 あたしたちは人混みをかき分けて販売台に近づくと、透明なビニール袋を手に取った。販売台の上では、赤、青、金、水色、黄緑など色とりどりの包み紙に包まれたチョコレートが、天井から降り注ぐ温白色の照明を浴びてきらきらと光り輝いている。

「ほな、百グラム縛りでいこか。個数が限られてるから、その分センスを試されるで」

 そう言うと瑚夏はにやりと笑った。確かに瑚夏の言う通り、これだけの種類のチョコレートがあるのだから、何を選ぶかは大いにセンスを試される。

「いいね、面白そう。制限時間は十分で、とかどう?」

 楓佳は乗り気そうに条件を追加する。やれやれ、とあたしは肩をすくめる。バレンタインなんて柄でもないけれど、二人が楽しそうな以上、ここで水を差すのも野暮だろう。

「ところで、百グラムって何個?」

 あたしが疑問を口にすると、楓佳が販売台の上に置かれた早見表を指さした。

「八個くらいやって」

「八個かあ……」

 この中から八個を選べというのはなかなかの難題だ。無難すぎるのも面白くないし、かといって突飛なものばかりチョイスしてももらった側が困るだろう。あたしは、さっき入り口でもらった試食のチョコレートを頬張りながら、販売台に並ぶチョコレートを吟味していく。

(いま食べてるミルクは定番だから絶対外さへんよな……そしたら、あとはホワイトとか……)

 キャラメル味なんかもおそらくはそんなに大外しすることはないだろう。だけど、このまま無難なものばかり選んでいては何だか色気に欠ける。

(あと五つ……どうしようかな。これも定番だけど、アーモンドとか?)

 そのとき、ストロベリークリームなるピンクの包み紙をあたしの視界が捉えた。その隣にはダークストロベリーなるバレンタイン限定のチョコレートが陳列されている。あたしは二種類のイチゴの間で板挟みになり、うーんと唸り声を上げた。

「おー、律花迷っとるん? 制限時間まであと三分やで」

 同じように袋にチョコレートを選んで詰めていた瑚夏が、二種類のイチゴに悩まされているあたしを面白がるように声をかけてきた。彼女が手にしている袋には、あたしが選んだものとはぜんぜん違うチョコレートが詰められていた。ふうん、と瑚夏はあたしの手元を覗き込むと、自分の袋に風変わりな味の茶色い包み紙のチョコレートを放り込み、レジの方へと去っていった。

(……よし)

 瑚夏もここぞとばかりに変わった味のチョコレートを選んでいたし、ここはバレンタイン限定の方にしようとあたしは販売台からチョコレートを手にとって袋に詰めた。

 少し離れたところにシャンパーニュ味なる金色の包みを見つけ、それも袋に入れる。子供舌のあたしには洋酒入りのチョコレートの良さは理解し難いが、たぶん瑚夏も楓佳もこういうのは好きだろう。

 残り三つはヘーゼルナッツとクッキー&クリームとダークをチョイスすると、あたしはレジへと向かった。売り場にはマンゴー味のような奇抜なフレーバーもあったが、さすがに味が想像できなさすぎて、手を出すのはやめておいた。

 あたしはレジで代金を支払うと店を出た。店の外の広場では、先に会計を終えていた瑚夏と楓佳が茶色のショッパーを手に雑談をしながら待っていた。

「お、来た来た」

 店から出てきたあたしの姿に気がつくと、瑚夏はこちらへと向かって軽く手を上げてみせた。

「今、瑚夏と話してたんやけど、律花はあの子にはあげないわけ? ゲームで知り合ったっていう東京の男の子」

「東京の……って、トワのこと? ないない」

「せやけど、毎日通話するくらいには仲ええんやろ? 何かあげたほうがええんとちゃうん? バレンタインやで?」

 あたしは一蹴したが、納得できないらしく楓佳と瑚夏が息のあった連携プレーで畳み掛けてくる。身の回りで何もなさすぎて、恋愛話に飢えている二人にあたしは呆れながら、

「あのねえ。トワとはそんなんやないし、そもそも東京に住んでるってこと以外、詳しい住所も知らないんだから、あげるにあげられないやろが」

 でも、と瑚夏は小首を傾げ、自分のスマホを指先で突いてみせると、

「確か、そのトワって子と律花はLI-NG交換してるんやろ? せやったら、LI-NGギフトで贈ればええやん」

「でもそれって、クレカないと使えないんやないの? あたしたち中学生には関係ないよ」

「律花知らない? あれってコンビニ払いできるらしいよ」

 楓佳の言葉にまじか、とあたしは目を瞬かせた。コンビニ払いができるというのは初耳だ。だからといって、トワにチョコを贈るつもりはないけれど。いくら友チョコと言えども、男女間でそれをやるのは何だか照れ臭い。

「さてと、早く友チョコ選んで、トワくんとやらに律花が何贈るか作戦会議しようか」

「いいね、ママズで作戦会議しよか! 私、期間限定のフランボワーズのパフェ食べたかったし」

 いえーい、と楓佳と瑚夏が軽く片手を触れ合わせる。何でこの二人は、あたしの話で勝手に盛り上がってるんだ。謎だ。

 瑚夏が手にしたスマホのロック画面を見ると、十六時三十二分を示している。たぶん、一時間くらいは作戦会議と称してトワとのことを根掘り葉掘り面白半分に聞かれるのだろう。

 雑踏の中、あたしたちは西エリアの飲食店街の手前にあるカフェへと向かって歩き出した。南エリアと同様に通路の両脇には数々のファッションブランドが軒を連ねている。

 通路を西の奥へ向かって進んでいくと、雰囲気を出すように少し照明が暗く落とされた飲食店街が見えてきた。その手前のカフェの入口では人々が列をなしている。席あるかな、と思いながら、あたしは二人と一緒にカフェの前に連なる列の後ろへと加わり、メニューを眺め始めた。


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