第三話:秋思と旋律~晴翔、二〇一五年秋~③
風呂から上がった僕は、髪を乾かすのもそこそこに部屋に戻り、SSへとログインした。すると、僕に気づいたレナからすぐにボイチャの申請が飛んできて、僕は生乾きの髪の上から慌ててヘッドセットを装着した。
「あれ、トワ、三十分かかるっていってたのに早かったね」
「だって東京もまだまだ暑いからね。あんまりのんびり入ってらんないよ」
「ちゃんと髪乾かした?」
「うーんまあ、多少?」
「ちゃんと乾かさないと将来ハゲるでー」
「えー、まじかー」
満点の星空の下、僕とレナは月桂亭のテラス席でそんなことを言い合ってどちらともなく笑い合う。
「それはいいとして、トワ。今日はどないする? シルバーウィークのイベント終わったし、どっかレベ上げにでも行く?」
「かなあ。僕たちだけでも今後のクエストある程度こなせるようにしたかったら、もうちょっとレベ上げした方がいいよね。あ、だけど、ちょっとしばらく僕早めに落ちるよ」
「あー……もしかして、Postedで言ってた合唱の?」
「そう。毎朝一時間早く集合して、朝練だって。行かないと女子に吊し上げられそうでサボるにサボれなくって。去年のクラスは大してやる気なかったのに、何で今年はこうなんだろ。何かクラスの女子たちがやたらやる気で、絶対優勝するって息巻いてんの」
やんなちゃうなあ、と僕はぼやくと、レナへと向かって愚痴を吐き出し続ける。
「しかももうそろそろ秋だっていうのに、春っぽいタイトルの曲だし。しかも、歌詞見てみたらずーっと自問自答ばっかしてんの。意味わかんない」
「ああ、あの曲かー。あたし、結構あの曲好きやし、教科書に載ってるの見たことあるよー」
レナ、あの曲好きなのか。そう聞くと、訳の分からない曲であることには違いないけれど、ほんの少しくらいは頑張ってみてもいいような気がしてくる。レナ――大事な友達が好きなものを好きになるための努力なら、少しくらいしてみたっていいのかもしれない。
けどいいなあ、とレナの声に嫌味ではない純粋な羨望の色が混ざる。
「練習は大変そうやけど、うちは合唱部も合唱コンもあらへんもん。あたし、最近、ちょっと歌に興味あるから羨ましい」
歌、と僕が聞き返すと、レナはえへへと少し照れたように笑った。
「これもSSの影響なんやけどさ。夏休み中、ずっとSSのボーカルCD聞いてて、音楽っていいなって思って、あたしも歌とかやってみたいなーとか思うとって。
行こうと思ってる高校が、全国常連みたいな合唱の強豪校やから、高校入ったら、今みたいに帰宅部の真似事してるんやなく、ちゃんと部活入って合唱やってみようかなとか思ってる」
まだ気の早い話やけどね、と恥ずかしそうに言うと、レナは今流れているBGMに合わせて、ボーカル版の歌詞を口ずさんだ。その声はどこまでも澄んで透明感があるのに、芯のあるしなやかな強さが感じられて、僕の心臓が跳ねた。
「へえ……レナって歌上手いんだ」
「そんなことないよー、皆このくらい歌えるやろ?」
「……僕、どがつくくらいの音痴なんだけど、それをお忘れか?」
半眼で僕がそう突っ込むと、ごめーん、とレナにおどけたふうに返された。
「まあ、それはともかくとして、今日どこ行く? 銀沙の星浜とか?」
「いいね、あの辺だと上級装備の素材も強化素材も取れるし」
行くならちゃちゃっと行こう、とレナは立ち上がる。レナからいつものようにパーティ申請が飛んできて、僕はそれを受諾する。
「今日は月の舟乗っちゃおうか。途中の雑魚敵鬱陶しいし」
「そうだね」
このゲーム内では、主要なダンジョンに移動するために月の舟という乗り物がある。ゲーム内通貨で所定の料金を払えば、一瞬で目的地や目的地の近辺までワープすることができる。
グランシャリオの中央を横断する銀色の川面では、白く弧を描く小舟が揺蕩っている。
川岸に辿り着くと、僕は小舟に乗り移り、レナへと手を貸した。レナは僕の手を取ると、舟へと乗り込んだ。
「銀沙の星浜まで」
僕がそう告げると、白いウサギの被り物をした船頭は頷いた。僕のステータス画面から所持金が減少する。そして、僕たちを乗せた月の舟は、白い光を放つと忽然とその場から姿を消した。




