第三話:秋思と旋律~晴翔、二〇一五年秋~①
暦の上では秋を迎え、長かった夏休みが終わり、二学期が始まった。しかし、季節の狭間にしぶとく居座り続ける夏の暑さは和らぐことはなく、僕の制服のワイシャツを肌に張り付かせている。
夏休みも僕たちはSSに篭り続けた。今冬に受験を控える中三のセケルは、塾の夏期講習があるとかで昼間にインすることはあまりなかった。しかし、それでも彼はゴールデンウィークに言っていた通り、夜になると時間を見つけてログインしてきた。
僕たちBellFlowerは、クエストや素材集めに精を出したり、グランシャリオの月桂亭のいつもの席でとりとめもない会話に花を咲かせたりしながらこの夏を過ごした。時には、僕を含めた中二組の三人がセケルにボイチャで夏休みの宿題の教えを請うこともあった。調子に乗ったレナが、夏の思い出というテーマの英作文をセケルに丸々全部書かせようとしたときは、さすがに僕とナハトでやめさせた。そうやって賑やかで楽しい僕たちの夏は過ぎて行った。
ゲームの合間にセケルに勉強を教えてもらった甲斐あってか、夏休み明けの実力テストは春よりはだいぶマシな結果となった。レナとナハトも同じだったようで、二学期が始まってすぐのころにSSの中で顔を合わせたときに嬉しそうにセケルに結果を報告していた。そのやりとりを最後に、セケルは再び、受験漬けのリアルな日常へと戻っていった。
そうして二学期が始まってしばらくが経ち、学校がある生活が日常に馴染んで来たころから、今度はナハトのSSへのイン率が下がり始めた。たまたまタイミングが合ったときに聞いてみると、来年に控えた受験に向けて、塾に通わされるようになったとのことだった。そのせいで、ゲームに割ける時間が減ってしまったと彼はこぼしていた。
二人になってしまった僕とレナはそれでも一緒に過ごし続けた。SSで結びついた僕たちの細い繋がりが解けていこうとするのをどうにか繋ぎ止めていたかった。
シルバーウィークが過ぎ、朝晩に秋の気配を感じるようになったある日の午後のHRで、来月末に控えた校内合唱祭の議題が出た。選曲やパート分け、指揮者や伴奏者を決めるという、去年もあったものだった。
正直、僕は歌が苦手だ。蒼也やクラスの友達に誘われても、カラオケに行くことはまずない。どうしても行かざるを得ないときは部屋の隅っこで終始ジュースを啜りながらやり過ごすのが常だった。
つまるところ、僕は合唱祭という行事に興味がない。決めるならやる気のある人たちだけで全部決めてくれ、と思いながら僕は窓から長尻な炎陽が照りつけるグラウンドを眺めて億劫なクラスの話題をやり過ごしていた。
相変わらず僕とレナはSSをやり続けていたが、二人ではプレイに限界が見えてきていた。前衛が本職ではない僕たち二人では、シルバーウィークのキャンペーンクエストは歯が立たなかった。せめて、セケルかナハトのどちらかがいてくれたらと思わないでもない。
(だからと言って、今更新しい人を入れたくないしなあ)
セケルが作ってくれたBellFlowerという場所を守りたかった。BellFlowerというのは、セケルとナハトとレナと僕の四人のものであって、そこに異分子が入り込むのは何となく受け入れ難かった。四人の形が崩れるのが僕は嫌だった。
(まあ誰かを入れると入れないも、最終的に決めるのはセケルなんだけどさ。しかも、受験終わるまでセケルは留守の予定だし)
一番の新参者の僕がとやかく言う話ではないかもしれない。きっと最初は三人にとって、僕は異分子だったに違いないはずだ。それでも、三人は僕のことを受け入れてくれた。
(こういうの気にしてるのって僕だけなのかな……レナはどう思ってるんだろう)
僕は制服のズボンのポケットに手を突っ込むと、指先でスマホに触れた。そのまま、角をつまんでスマホをひっぱりだそうとしたとき、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。その音に僕はふっと現実に引き戻される。
「津城くん、これ」
ぼんやりとしていた僕に前の席の女子が話しかけてきていた。僕はん、ともあ、ともつかない声で返事をする。机の上に視線を落とすと、楽譜らしきものが置かれていた。それを一部手に取ると、僕は残りを後ろに回す。
僕は楽譜らしきそれをぞんざいに机の中にしまい込むと、机の横にかけてあったリュックを背負って立ち上がる。さっさと帰ってSSにインしよう。
「津城くん」
帰ろうとした僕を前の席の女子が呼び止めた。何、と僕は億劫ながらも振り返る。
「今日、この後練習だよ。合唱祭まで朝と放課後練習やるの。聞いてなかった?」
え、と言った僕の声が絶望で濁った。一年のときのクラスはもっといい加減だったのに、なんだってこのクラスはこんなにやる気なんだ。
「男子は下の多目的教室だよ」
早く行きなよ、と促されて、僕は机の中から先ほどの楽譜を引っ張り出す。
「晴翔ー、下行くぞー」
入り口付近の席から、蒼也が僕を呼ぶ声がした。ああうん今行くー、と僕はやけくそ混じりに蒼也のほうへ向かった。
「志筑さんに話しかけられてたじゃん、あれ何?」
「僕がぼーっとしてて何も話聞いてなかったから、色々説明してくれただけ」
へーいいなー、と僕の話を聞いていたのかいなかったのか、蒼也はそんな感想を漏らす。そんなふうに羨ましがられる程度には、僕の前の席の志筑彩凪という女子は男子に人気がある。
「しっかし、何で今年こんなにやる気なんだろ。朝も夕方もとか地獄すぎだよ」
「晴翔、それ女子に聞かれたら吊し上げじゃ済まねーぞ」
「ええー……」
そんなやりとりを交わしながら、僕と蒼也は教室を移動する他の男子たちと連れ立って、教室を出る。もう放課後だというのに、夕方の気配はまだ遠く、窓ガラスの外では油照りの空が揺らめいていた。




