第二話:永遠の綻び~律花、二〇一五年初夏~④
窓の外から吹き込んでくる涼風に乗って、蛙の奏でる子守唄が部屋に入り込んでくる。五月雨が上がった後の夜の空気は少しもわっとしている。
SSにログインしたあたしは、グランシャリオの月桂亭のテラス席にいつも通り陣取って、トワとボイチャをしていた。何だかんだで、テスト期間中もPostedで連絡は取っていたし、ゴールデンウィーク中はLI-NGで通話したりもしていたけれど、やっぱりこのいつもの感じが落ち着くし、しっくりくる。
「それにしても、SSはグラフィックもええけど、音楽もええよねー。この前、友達とカラオケ行ったときに『星の導』歌ったけど、かっこええって言うてたし」
「『星の導』もいいけど、『夜空のキャンバス』とか『Starlight Lullaby』のボーカルバージョンも僕は好きだな。どっちも透明感があって壮大で」
「わかるー。どっちも名曲だし、カラオケ配信されてるけど、非SS民にはマイナーすぎて入れにくいよ」
「ところで、夏にSSのボーカルコレクションのCDが出るらしいって話、レナはもう見た?」
「見た見たー! っていうかPostedで公式の投稿見たとき、嬉しすぎて変な声出たもん」
そんな話題であたしとトワが盛り上がっていると、チャット欄にナハトがインした旨が表示された。
「後衛コンビおひさー! ……もしかしてだけど、オレお邪魔?」
ナハトからギルドチャットにそう送られてきて、あたしはそんなことないよ、と打ち返す。どこをどう見てこの人は自分を邪魔だと思ったのだろう。ギルメンの中ではトワと一番仲がいいのは認めるけれど、トワとの関係なんて別にそれ以上でも以下でもない。
「トワ、ナハトともボイチャ繋ぐけどいいよね?」
「いいよ」
肉声でトワとそんなやりとりを交わすと、あたしは「ナハトも一緒にしゃべろー」とチャットを送る。「おk」とナハトからチャットが返ってきたのを確認すると、あたしはナハトに向けてボイチャを発信する。
「どーも、こんばんは。二人とも久しぶりだけど、最近何してたー?」
ボイチャが繋がると、ヘッドセットの向こう側からゆるっとしたナハトの声が聞こえてきた。前回話してから二週間も経っていないはずなのに、随分と久しぶりな気がして、変な感じがした。
「あたし、中間テストあったから、ゴールデンウィークずーっと勉強漬けやったん。新学期の実力テストみたいな点取ったらPC取り上げるって親に脅されて致し方なく」
ゴールデンウィークのキャンクエやりたかったのにー、とあたしがぶうたれると、ナハトが面白がるように笑い声を上げる。
「そりゃ仕方ない。何てったって、レナは英語二点の身だからな」
「それも、三角ふたつでのお情けの二点だもんね」
ナハトの言葉に乗っかるようにして、トワがあたしをおちょくってくる。我ながらあの点は酷いとは思うけれど、一年の英語は三人称単数が出てきたあたりからまったくついていけなくなっていたんだから仕方ない。
「二人ともそういうけどさー。聞いて驚け、今回は無事赤点回避したからね! 平均には届かへんかったけど」
「……一応聞くけど何点?」
「四十二点。この前の二点から比べたら大躍進やからね。二十倍以上やで?」
二人には見えていないけれど、あたしはどやっと平たい胸を張った。はあ、とトワが大きくため息をつくのが聞こえた。
「その点でドヤられてもなあ……レナ、そんなんじゃ受験苦労するぞー。実力テストのときの点数的に、英語以外も内申やべーんじゃないの?」
ナハトの指摘にあたしは一瞬、う、と言葉を詰まらせる。他は英語ほどひどくはないとはいえ、国語は三十二点、数学は二十六点と新学期の実力テストの結果はどれも惨憺たるものだった。
「あ、あたしはええの! 高校は商業行くから、内申とか偏差値とかあってないようなもんやし!」
あっそ、とナハトの言葉に呆れが滲む。そして、彼はそういえば、と話題を転換させる。
「ゴールデンウィークのキャンクエだけど、二人がいない間に、オレとセケルで行ってきたから。お使いクエストこなす度に、ランダムでステータスアップの果実がもらえるってやつだったんだけど、魔力と敏捷取っといたからお前らにやるよ」
俺とセケルは攻撃と防御寄りのビルドだからな、と言いながら、ナハトはテラス席のテーブルの上に紫色と緑色のリンゴを置いた。リンゴにカーソルを当てると、どうやら紫が魔力、緑が敏捷性アップの効果があるようだた。ありがたく、あたしは紫のリンゴを、トワは緑のリンゴを自分のストレージに収めた。
「それにしても、セケル、残念そうにしてたぞ。しばらく一緒にクエスト回れなくなるからって」
「もしかして受験?」
どゆこと、と聞こうとしたあたしよりも先回りして、トワがそう言った。うん、とナハトはトワの言葉を肯定する。
「しばらく、受験に集中するからインできなくなるってゴールデンウィークの終わりに言ってた」
「まあ、セケルは三年だもんね」
「受験じゃ仕方ないよね」
ナハトの言葉にあたしとトワは寂しさを感じながらも理解を示す。
「あ、でも、夏休みは時間見つけて、息抜きがてら多少インするかもって言ってたぞ」
そうなんだ、とあたしは口元を綻ばせた。ネットの繋がりは脆く儚いけれど、きっとこれが永遠の別れになるわけじゃないと何となく信じられた。
「それにしても、セケルがいない間、どうやって僕たちクエスト回る? 盾役いないのキツくない?」
「オレ、この前のクエでSTRと一緒に耐荷重上がって、気休めだけど盾持てるようになったんだよ。あとレナ、そろそろジョブチェンして、防御魔法とか覚えろよ」
「えー、どないしよかなー。あたし、広範囲魔法で敵をまるっと焼き殺すとかそういうののほうが好きなんやけど」
これからについて、あたしたちはああでもない、こうでもないと方針を話し合う。緩やかに日々は移ろいゆくけれど、それでもこんなふうに気の合う仲間たちと過ごす時間がまだ続いていくのだとこのときのあたしはまだ信じていた。
とりあえず何かクエストやろか、とあたしたちはセケルを欠きながらも、いつも通りの日々を続けるために立ち上がる。グランシャリオの夜空は今日も変わらずに星座を描きながら回っていた。




