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2.アーシ超オタクだよ?

「じゃあ青柳さん……だよね?戸締り代わってくれてありがとね」

「うん。大丈夫。部活頑張ってね」

帰宅部のくせに連日教室の戸締りを請け負う私をほとんどのクラスメイトは良い人や便利な人と言った評価を下すだろうがそれは大きな誤りであり、あくまで私は自分の為にいつも最後まで教室に残っていた。

それは十七年の人生の中で唯一得た趣味、読書のためだ。

別に本くらいどこでも読めるだろ、とっと家に帰れと皆思うだろうがそれは違う。

理由は単純明快、私は夕暮れ時の誰もいない教室で本を読むのが最高にエモーショナルで好きなのだ。

外から聞こえてくる運動部達の掛け声をBGMに、まるで小説の登場人物になったような気分で読書に浸れる環境が放課後の教室と言うわけだ。

誰だ。相当拗らせた隠キャだって思った不届き者は。

私は鞄からここ数日読んでいるホラー小説【14日の土曜日】を取り出して続きを読み始めようとした時、建付けのせいかガラガラと前の扉が開く音がした。

「あれ?開いてる?誰かいますー?」

さっき見送ったクラスメイトが忘れ物でもしたのか思い目をやると覗き込むように中の様子を伺う一人の女子の姿があった。

派手な金髪に着崩した制服。

恐らく恋愛関係に困った事のないであろう整った顔立ち。

背はおそらく私と同じくらいだろうがスカートから伸びる白い足は長く、何故かいつも前時代のギャルファッションであるルーズソックスをダボつかせていた。

名前はたしか――猿渡灯。

彼女はクラスメイトの事をあまり覚えていない私でも覚えている数少ない女子の一人で、私の苦手とする人種(ギャル)だ。

クラスでのカーストも高く、いつも似たようなタイプの女子達とつるんでは流行の服の話やら惚れた腫れたの話やらで盛り上がっている。正直言って関わり合いになりたくない人だ。

「あ!青柳さんじゃん!やほ!」

彼女は私を見つけると少し驚いた様子で笑い髪と同じくらい派手なシュシュのついた手を振った。

「あ、どうもです……」

猿渡さんのようなタイプがクラスでは空気の役に徹している私みたいなのの名前をまさか憶えているとは予想外だったがあまり刺激しないようにこちらもぎこちなく手を振り返した。

彼女はそのまま歩いて来ると近くの自分の席に腰掛ける。

「なにー?なんで残ってんの?勉強?」

「いや……勉強って言うかその……」

猿渡さんのもっともな疑問に私は言葉を詰まらせた。まさか“エモいんで放課後の教室で読者してまーす”なんて言おうものなら明日からクラスで物笑いの種にされるだろう。それどころか放課後五軍読書女みたいな絶対売れないバンド名みたいなあだ名を拝命し、ただでさえ高くないクラスカーストを下げる可能性さえ出てくる。

なので私は仕方なく嘘を吐く事にした。

「自習的なのを少しやっておりました……はい……」

「マジか!超えらいじゃん!アーシは机にポーチ忘れちゃってさー」

ごそごそと机をまさぐる猿渡さんを横目に素早く机の中の物を鞄にしまう。

「そ、そうなんですね。私はもう終わったから今から帰るとこでして……!」

圧倒的ギャルオーラと同じ女とは思えない彼女から漂う良い香りの当てられた私は机の上に置いていた鞄を持ち立ち去ろうとした時――

「ちょい、待ちなよ」

――後ろからがっちり肩を掴まれた。

視界の端で制服に食い込んだネイルが窓からの夕日に反射してキ赤く光っている。

私はもしや嘘がばれたかと思い恐怖で口から心臓が飛び出そうになる。

「あ、あの……ほんとに怒らせるつもりはなくてですね……なにかお気に障ったのでしたら謝りますんで……」

「はぁ?何言ってんの?」

今後の灰色の高校生活に覚悟を決め振り返ると猿渡さんは不思議そうに見覚えのある文庫本を持って立っていた。

「はいこれ。机の上に置きっぱなしだったよ」

そう言って彼女は私にこちらに手渡す。

「あ、ありがとうございます……」

「アハハ………!!何そんなビビってんの!マジでウケんだけど!つかそれ【14土】でしょ?好きなん?」

猿渡さんは本を指さして聞いてくる。

陽キャ、しかもギャルは本、しかもマニアックなホラー小説なんて絶対読まないと思っていたので予想外の質問に私は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で答えた。

「ええまぁ……。もしかして猿渡さんも【14日の土曜日】をご存じで……?」

「ご存じご存じ!アーシ超オタクだよ!?本は読む用、保存用、布教用で全巻3冊づつ買ってるし作者がコミコで出した非公式アンソロも持ってる!」

彼女の普段の印象からは全く想像できない熱くホラー小説を語る姿に私は鳩が豆鉄砲どころか対物ライフルを食ったような顔になった。猿渡さんはそんな私の顔を見るとポケットから大量のストラップの付いたスマホを取り出した。

「これ見て!」

言われた通り見るとフワフワの尻尾やバンドロゴのラバストに混じって小説に出てくる殺人鬼の代名詞的なアイテムである溶接マスクのストラップがぶら下がっているのが見えた。

「これって……6巻の書店予約限定のやつ?」

「そそ!超いいでしょ⁉てか分かってくれる人初なんだけど!マジ上がるわー!!」

キラキラと目を輝かせながら話す猿渡さんに私も少し緊張が解れリラックスできたような気がした。

「まさか同クラに14土フリークがいたなんてねー。マジ灯台下暗しじゃん」

「灯さん……だけに……?」

私のダジャレを聞いた猿渡さんの顔がスッと真顔に戻る。つい油断して名前イジリをしてしまった。これでは調子に乗って自分から地雷を踏みに言ったも同然。楽しい雰囲気から一気に弾頭台に乗りに行く愚かな自分を呪いたくなる。

「……それどういう意味なん?」

彼女の喜の感情が消えた目で見つめられた私はまるで再び蛇に睨まれたように体が固まる。今回に関しては私の不徳の致すところだがこの状況を切り抜けるために普段あまり使っていない灰色の脳細胞をフル稼働させて言い訳を考えた。

「あの……猿渡さんの下のお名前って灯さんじゃあないですか……?」

「うん。それで?」

「灯さんの灯も灯台下暗しの灯台の灯も実は同じ漢字でして……」

「そうなんだ」

「かけてるのかなって思っただけで別にバカにしたとかそう言う訳では決してなくてですね……」

しどろもどろになりながら必死に弁明する私を焦点に捉えたまま、猿渡さんは私の手を両手で掴んだ。

「青柳さんってめっちゃ頭良いね……!」

どうやら許されたらしく喜の感情が戻った猿渡さんに褒められ、私はほっと胸を撫で下した。

「青柳さんさ、この後暇?暇なら駅前のゾウゼリアでお茶しない?」

「お、お茶ですか?」

「そ!お茶!でさ、14土の話すんの!めっちゃ良くない⁉」

陽の者特有の距離の詰め方でグイグイ来る彼女であったがなんとなく嫌な気はせず、地雷をふむ……否、地雷原に突っ込むような真似だけは気をつけようと固く誓い頷いた。

「え、えと……私でよければ……」

「うし!じゃあ決まり!」

返事を聞いた猿渡さんに引きずられながら私は教室を後にした。


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