1.ツカミと言うか顔見せと言うかなんと言うか。
最初に言っておくが、この物語は何故か私が巻き込まれる変な出来事を纏めたものだ。
故に“得体の知れないものと無暗に関わると碌な事が起きない”と言う反省の意を込めた備忘録でもある。
私達はどこだかわからない駅のベンチにポツンと座っていた。
どこだかわからないと言っても寝過ごして行った終点まで乗ってしまっただとか、秘境の駅に行ってみよう!のようなテレビやYouTubeで無限に擦られまくった企画を自主的にやってみたわけでもない。
最初の言葉通り、看板に“どこだかわからない”と書かれた駅にいる。
前後の駅のところは何も書かれておらずどうやって来たかもわからない。
ホームから見渡した外は薄暗い空の下、田園が彼方まで続いており雲の隙間からぼんやりと月が覗いていた。
「一回来てみたかったんだよねー!異界駅!」
私の隣に座る派手な金髪のギャル――猿渡灯は自分達の置かれた状況など全く気にもせず、呑気に隣の古そうな自販機で買った犬のような生き物の絵が描かれたラベルの得体の知れない缶飲料を開けながら言った。
「それ見た事ないやつだけど飲んでも大丈夫なの?」
「売ってるんだから平気だって!それにこの犬、足が五本描いてんの!ヤバない⁉」
私の心配など他所に灯は缶を私の顔に近づけた。缶の口からふんわりと漂う甘さとケミカルさが混じった独特の臭いが目鼻に沁みツンと痛くなる。
これはいけない。やっぱり止めようと目を開けた頃には時すでに遅く、灯はゴクゴクと喉を鳴らしながら美味しそうに飲んでいた。
「ちょっとーー!!」
ホームに響く声の方に目をやると私達が座るベンチの後方、古ぼけた駅舎から小学生のような背丈の少女――黄角ルミラが大声で叫びながら走って来る姿が見えた。
「灯センパイ!なんでこの状況で普通に自販機で買って飲めるんですか⁉」
ルミラのごもっともな指摘に何故か灯は照れながら頭を掻いた。
「アーシったら喉カラカラでさー。それにせっかくだし初異界駅記念、みたいな?」
そんな危機感が乳歯と共に抜け落ちた灯を見て、ルミラは大きく露出した額に太い青筋を立てる。
「黄泉戸喫って知らないんですか⁉オカ研なのに⁉」
「よもつへぐい?えっーと……?なんだっけそれ……?」
「異世界の物を食べたら帰れなくなるんです!!それに宵センパイも見てたんなら止めてくださいよ!!」
ルミラは大きな瞳で私を睨む。
不意のこちらへの飛び火に私――青柳宵は慌てて弁明した。
「ま、待って。私は一応確認はしたんだよ。確認は……!」
「何を確認したんですか⁉」
「ラベルの犬?の絵とか……」
ルミラは眼を一瞬灯の手元に動かしたか思うとすぐこちらへと戻し、額の青筋を増やした。
「どこの世界に五本足の犬がいるってんですか!!仮に四本じゃなかったしても奇数はないでしょうが!!!」
「で、でもカンガルーだって尻尾を三本目の足って言ったりするしさ……?」
私はイルカの鳴き声のような耳に響く声で怒鳴るルミラなんとか宥めようと苦し紛れの雑学を披露するも彼女の怒りが収まる気配は毛頭なく、私と灯を交互に睨みつける。
「あーもう信じられません!これだからセンパイたちは……むぐ⁉」
ルミラの背後から二本の長い手が伸びルミラの口元を覆う。
気付けばルミラの後ろに二メートル近い背丈の一応少女――八黒美鳩が蛍光灯に照らされながら佇んでいた。
「…………ぽ」
「おー。ぽさんおかー!」
「……ぽ」
「ん?喉乾いてる感じ?はいこれ!」
灯は美鳩さんにまだ少し残った缶を手渡す。
「むぐー⁉むぐ!!」
吠えるルミラを意にも返さず美鳩さんはその長い指で缶を摘まむと口元まで運びゴクリと一飲みで飲み干し、空にしたぞと言わんばかりに缶を逆さにして見せた。
「………ぽ」
「はぁ……はぁ……。“これで帰れなくても一人じゃない”ですって?心配したワタシがバカみたいじゃないですか!」
「さっすがぽさん!ルミラ係なだけあるわ!」
「……ぽ///」
「ないない!ルミラったらアーシに超厳しいもん!!」
「当たり前です!灯センパイがいつやらかすかわからないからワタシが見張ってるんです!!」
そっぽを向くルミラを美鳩さんは抱え頭に自らの顎を乗せる。そんな二人を見て灯はケラケラと楽しそうに笑った。
勘の良いの諸子はもうお気付きだろうが美鳩さんは“ぽ”としか言わず、私は知り合ってこのかた一度もわかったためしがない。
だが私以外のオカ研のメンバーは皆理解できるらしく、なので彼女とは私と世界のどちらかがおかしいんだと割り切って付き合っている。
「みんなー。駅員室に時刻表あったよー」
おかっぱ頭のオカ研最後の部員――狛代文が黄色く変色した小さな紙を持った手を振りながら駅舎から歩いて来る。
「フミフミおかー!時刻表見つけるとかお手柄じゃーん!」
「うん。鍵のかかった鉄の箱があったからこじ開けたら入ってた」
文君は他のメンバーに比べると比較的大人しいがどこか社会的規範がずれており現に今も平気で鍵を壊して金庫を開けるような少女……ではなく少年だ。まぁ今は状況が状況なので一概に悪いとは言えないが普段からたまに話が通じない事がある。そんな文君が持ってきた時刻表が正しければ後数分でどこかへと向かう電車が来るようで私達五人は顔を見合わせた。
「これ、ホントに来たとして乗るの……?どこ行きか書いてないんだよ……?」
私の懸念を含んだ問いかけに四人はためらうことなく頷く。
「せっかくだし乗ってみたくね?どっちみち帰り方わかんないしさ!」
「まぁここにいても仕方ないですから!!ワタシがいないとセンパイ達心配ですし!!」
「…………ぽ!」
「僕はどっちでもいいけど」
数秒の沈黙の後、私はちょっと重い腰を上げた。
「……じゃあ、乗ろっか」
線路の向こう、遠くに響く汽笛の音が宵の口に木霊した。