主婦とスープセット
ある日の夕刻、一人の主婦が、慌ただしく町の中を駆け回っていた。夕飯の買い出しがまだなのに、子どもの迎えの時間が迫っている。
夫は「仕事を抜けられない」と言って、助けてくれない。もう一人自分がいてくれれば。
先に買い出しか、子どもの迎えか選べずにバタバタしていると、ふとレトロな喫茶店が目に入り、吸い込まれるように足を踏み入れたのであった。
「喫茶店でゆっくりしている場合でないのに…」
主婦は店内に入ると、出入口から一番近いテーブル席にどさっと腰を下ろした。夕飯前なのに食欲に抗えず、軽食のスープセットを注文した。
食事が運ばれてくると、主婦はふと、自分の隣に会社員風の若い男が座っていることに気づいた。
「仕事で忙しいって言いながら、どうせ自分の時間を楽しむくらいの余裕があるのだろう。」
隣の男を夫と重ねながら、ふかふかのパンをちぎって、ほかほかのコーンポタージュに浸し、口に運ぶ。すると、その瞬間から店の外の音が遠ざかり、まるで時間が止まったかのような静けさが訪れた。
パンをちぎってはスープに浸して口に運ぶ。ちぎっては浸して食べる、ちぎっては浸して食べる。主婦は夢中でパンとスープを頬張った。
皿が空になっても、主婦はしばらく静かな世界から出られなかった。
主婦は我に返った。どれくらい時間が経ったのだろうか。隣にいた男ももういない。立ち上がり、グラスの水を流し込む。現実の喧騒がいっきに戻ってくるのを感じたが、心には静かな安らぎが残っている。
主婦は急いで会計を済ませ、子どもの迎えに向かった。忙しさはいつもと変わらないが、主婦の表情は活力でみなぎっていた。




