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砂の王と千夜の唄  作者: 回向田よぱち
第三夜 墓泥棒と太陽の舟
8/23

8

 清那は地下道からやっとのことで頭を出し、周囲を見渡した。

 砂の城が闇に沈んでいる。

「あれが和隼(にぎはや)王の墓だ」

 先に穴から出たオシが呟く。

 和隼王の墓は、隼玉王の墓のような美しい正四角錐ではなく、平べったい長椅子型のものだった。崩れて不器用な形にすら見える。四角錐で墓や葬祭殿を作るのは実は千夜国の技術なのだが、そもそも四角錐の墓を作るのは相当な技術と労力がいるため、かの戦争で知識が途絶えてからあの形の墓を再び作れるようになるまで百年以上かかったのだ。

 でも、それにしても、大きい。

 坂羅(さから)は砂山で構成された地形である。隼玉(じゅんぎょく)王の墓はあまりにも巨大なため白冠(はっかん)からよく見渡せるが、実際は城壁から三十分ほど歩いた場所にある。自然の砂山はまるで墓を守るように配置されており、それにより装備が十分でないと坂羅に侵入すらできない構造になっている。

 清那たちは墓泥棒の御用達だという地下道を使い坂羅にはい出てきた。地下道は見つかったらすぐに穴を埋められてしまうので、素早く掘るためかかなり雑な内装になっていた。清那には歩きにくく道中で何回も転んだが、オシとイシはサンダルだけでひょいひょいと進んでいた。疑っていたわけではないが、本当に墓泥棒なのだ。

「走るぞ」

 オシの声で我に帰る。

 ちょうど見張りの交代の時間らしい。夜の闇に紛れこの穴は死角になっていた。音もなく駆けだしたオシとイシをもつれる足で追う。

 作戦はこうだ。和隼王の墓は玄室に続く正規の道のほかに、昔の盗掘者が開けた人ひとり入れるかという大きさの穴がある。盗掘されつくし宝物も残っていない墓なので、警備は基本正規の道の前にしかいない。盗掘路は地表面すれすれに作られた穴なので普段は砂で埋もれているが、あえてそこを狙うのだ。

 オシが地図で示した位置が近づいてくる。

 イシが唇を動かした。聞こえないほどの呟きに音もなく風が舞い、砂はまるで生き物のようにうごめく。ざらついた壁にぽっかりと暗闇が覗く。

 目指す場所は見えた。

 あとは砂を蹴るだけ。清那は転がるように闇の中に吸い込まれていった。

 墓の中は冷えていた。乾いた砂の匂いと埃臭さが空気じゅうに纏わりついている。

 段々目が慣れてくる。

 どうやら廊下の一部分に立っているらしい。地図によると、玄室に続く道の中間点だ。

 またイシが砂に囁くと、今まで入ってきた道は嘘だったかのように閉じられた。

 オシは腰にぶら下げた道具箱の中から携帯用のランプを取り出し、小さな明かりを灯す。

 高い天井に、磨かれた壁が静かに佇んでいる。天を支える円形の柱に、犬の顔をした墓守の神の像が整列している。果ては見えない。地図は頭に叩き込んできたはずなのに、その実物の巨大さに圧倒されるばかりだった。それは外見の崩れかけた山のようなものからは想像し得ないほどの荘厳さを持っていた。

 清那は足音が立たないように、サンダルを脱いで鞄の中にしまった。

「おかしい」

 オシは周囲を見渡して、眉を寄せる。

「どうしたんですか」

「あまりに警備が手薄すぎんだよ。罠の可能性がある」

 確かにこれまで外にいた見張りの衛兵にしか見ていないし、衛兵が去った後に侵入したので会っていないようなものだ。

「もう一度聞くぞ。あの地図は誰のもんだ」

 オシの目は鋭い。

「……」

「言わないならこちらから言おうか。俺は元葬祭殿の王墓設計技師だ。よっぽどの新顔じゃねぇ限り関係者の顔は把握している。再度言うが、あの地図は葬祭殿の書式で書かれている。盗品でない限り十中八九俺の知ってる奴からネエちゃんに手渡されている。これでどうだ」

 文字が読める墓泥棒。付随する知識量、技術。それにこの頭の回転の速さ。ただ者ではないと思っていたが。まさか元内部の人間だとは。

(ここまで来たら流石に言い逃れはできないか)

 清那は服の裾をきゅっと握りしめた。

「……あの地図を渡してくれたのは、明星、さんです」

 オシは一瞬だけ間の抜けた顔を見せた。

「おっと、こりゃあ。また珍しい」

「知ってるんですね」

「書院の後輩だ。おとなしい奴かと思ってたんだが、また随分大胆なことを」

 オシは口だけでにやりと笑った。

「明ちゃんが一枚噛んでるなら信頼に値するな。うまく立ち回ってはいるが、明ちゃんもこちら側の人間だ。人が少ないのは単純に隼玉王の墓に割かれているからだろう。そう考えると、また千夜の関係者が処罰されそうになってるんだな?」

「仰る通りです。明星先生の後輩で、千夜国について調べている人でした」

「そうか、それは辛かったろうな。そう珍しいものでもないんだが……」

「他にもいらっしゃるんですか?」

「明ちゃんの叔父もそうだが、俺もそれに漏れない。皆名前は消されているが、探せばウヨウヨ出てくるだろうさ」

 オシは玄室を目指して忍び足で歩き始めた。イシも慣れたもので、後ろをひょこひょこついていく。広い空間に、裸足の足音と囁き声だけがこだまする。

「葬祭殿の儀式に星渡(せと)祭というものがある。王の即位三十年記念祭にあたるが、葬祭殿内の秘儀で、一般には公開されない。最後に行われたのは五年前、隼玉王の時だ。俺はそのころ新米で、工期でないのを良いことに儀式の雑用をやらされていた」

 長く単調な廊下は語るのには最適だった。時折足元を蜘蛛の子が走っていく。

「星渡祭の内容は、先代王の墓の中で、各都市を星に見立て、星を模した煉瓦の上を走り抜けるというものだった。俺は眼を見張った。内容を知っていたからだ。俺の祖先は千夜国の裁判を司っていた家だ。その関係で千夜固有の儀式にはある程度造詣がある。星渡祭は千夜国の王の年中儀式に酷似してたんだよ。人や街を星に見立てるのは千夜のお家芸だし、経文は千夜の術の流用。普段はあんなに敵視して、千夜の痕跡を抹消しようとしているのに、こと星渡祭だけは千夜を踏襲している。それに気づいて発言したが最後、投獄され拷問を受けた。命からがら抜け出したが、こんな状態じゃ実家にも戻れない。行く当てもなかったから、前職で培った知識を生かせると思って墓泥棒になった。それだけのことだ」

 オシは立ち止まり一層声を潜めた。

 ランプの炎が揺らめいて、壁に奇妙な影絵を描く。

「今となっては知る人は少ないが、星渡と言うのは、千夜国の初代王の名だ。俺は語ってはいけないものを口に出してしまったんだな」

 清那の鼓動は早まっていた。緊張もある。しかしそれよりも、自分が知らない核心にいつの間にか迫っているという高揚感が勝っていた。

 星渡王。清那が知っている数少ない王の名だった。三百年、いやそれよりももっとずっと続けられていた秘儀。王の即位三十年祭を葬祭に関わる者たちが司っている。

 生と死が逆転している。

 この腑に落ちなさは何だ。


 もはや財宝も棺もなくだだっ広い空間となっているだけの玄室の床をはがすと、下に続く階段が現れた。

 音を立てないように細心の注意を払いながら、石灰岩の階段を踏みしめる。

 突然、視界が開けた。

 墓の一部というよりかは風穴のようだ。地層がむき出しになった穴には、はるか天井から月の光が降り注いでいる。先ほど通ってきた玄室や廊下と比べ物にならないほどの大きさをもった穴だった。

 その中の砂山に、傷ついた船が埋もれている。

「太陽の舟……」

 月光をたっぷり浴びて光る舟は、三百年前のものとは信じられないほど精巧だった。船体は鈍い金属光を放ち、ぼろぼろの帆には千夜国の象徴である星の形を模した犬の印が描かれている。

 船尾の方には薄緑色に発光する液体が積まれている。

「うん。イシの想像した通りだ。舟自体に巨大なアイテル槽が積んである」

「アイテル槽?」

「アイテルを貯めた水槽。アイテルとは、ある偉大な種族が滅び、その死体から生成された特殊な物質。私たちは、このアイテルに思念を接続することで魔術を使う。もちろん、これ自体が強力な浄化作用を持っているから、正しく使えば薬になるね」

「これは……本当に…………」

「オシさん?」

 オシはふらふらと太陽の舟に近づく。訝しみながら、清那たちも後ろをついていく。

 二つに割れた船体の中、半分ふたが開けられた棺が露出している。棺からは何本も管が伸び、アイテル槽に繋がっていた。

 丁寧に彩色された棺の中に、つぎはぎの体が横たわっている。

 死体はバラバラに切断されているが、その継ぎ目は緑色にとろりと光っている。

 何よりその遺体の顔は、オシの生き写し。

「イシ、お前、知ってて太陽の舟を探そうなんて言って、俺に近づいてきたのか」

 オシの頬に、冷や汗が流れる。

「んふふ。イシは継ぐ者だ。精度は劣るけど、ちゃんと覚えてる」

 イシは得意げに鼻を鳴らした。

「かの巫女の砂は、時を操る。オシの祖先、忍野(おしの)は偉大な裁定者であり神官だった。長く魔力を行使した人間は体にアイテルが蓄積し、強力なアイテル槽になる。三百年前の戦争は熾烈を極めたからね。アイテルが蓄積された肉体は貴重な火力源だった。そこで狗の(かんなぎ)が死体を繋ぎ合わせ最期の時を引き延ばし、イシの祖先が志を照耀へと継いだ。でも道半ばで巫女が眠りに落ちて、この不死の魔術は一生解けなくなってしまったんだね。そのツケが、今オシの体を蝕んでいる」

 オシは自身の胸に巻かれた包帯を握りしめた。息が荒い。その下には緑色の痣が拡がっているのを清那は知っている。

「眠らせてあげよう。幸いここに、星を読む者がいる」

 イシはその甘美な流し目を清那に向けた。

「私?」

「大丈夫。清那も継ぐ者だから、呪は体に刻まれている。私が先導し、清那本来の力を解放する。安心して」

 イシの白い指が、清那の手の甲に触れる。

 冷たかった指先は、イシが触れると、じんわりと熱を持つ。

「触れて、感じて。目を閉じて自分が巨大な力の一部となることを想像するの」

 まぶたを落とし、忍野の遺体に触れる。

「自分は巨大な宇宙のひとつ。血の流れを、大地の鼓動を感じて。そして接続する」

 泉に溢れる清水のように、頭に映像が流れ込んでくる。

 満天の星。

 静かな夜の都。

 天を突くような楼閣。

 見たことはない。でも知っている。

 清那という存在の根源がそこにある。千夜よりずっと長く、ずっと続いてきた祈りの先に、清那はいる。

 かの王は、永遠の星夜の中、高楼にて目覚める日を待っている。

「その唇に歌を乗せて、あなたの神の名を喚んで」

(私は、その神の名を、生まれる前から知っている)

「炎の王の名のもとに歌う。吾は金狼の巫を継ぐ者。千夜を一夜とし、終わらぬ物語を語る者。永き眠りを呼び覚まし、王の威光をここに現す者。客星より高楼に接続。彼の眷属、炎の魔人(ジン)を召喚。この者を清め、死出の道に松明を灯せ。イフリータ!」

 清那の体から勢いよく炎が吹き出した。

 不思議と熱くはなかった。扱い方は熟知している。

清那は裸足で地面を叩いた。

 自分が炎の一部となり燃え上がるように激しく舞った。流れるように体をくねらせ、旋回を重ねていく。両腕に纏った炎は清那が回るたびに火の粉を散らした。

遺体にそっと手のひらを置く。

 遺体が炎に包まれていく。

 燃えはしなかった。

 緑色の傷が、みるみるうちに琥珀色へと変わっていく。夕焼けのような琥珀は全身を包み込み、やがて光の塊へと変化していく。

 光の遺体に、亀裂が入る。

 そして、遺体はその姿を完全にサフランの花に変え、散った。

 オシを見やる。

「な、なんだ」

 包帯の下で、痣が金色に発光している。

 オシが急いで包帯を取ると、光と共に化膿していた傷口が小さくなっていくのがわかる。

 みるみるうちにオシの体は、健康な褐色の肌に変貌していった。

「痛くない……」

 信じられないというように痣があった箇所を両手でベタベタ触っている。

「んふふ、イシの見立て通りだった。太陽の舟はオシの傷に効く」

「……こんな日が来るとは、思っていなかった」

 オシの瞳は潤み、少年のような笑みが浮かんでいた。

 清那は二人から少し離れたところで、自分の手を見つめていた。

 イシの先導があってのこととは承知しているが、自分にこんな力があるとは。魔術なんて、専門に学んだ神官しか使えないと思っていたのに。

 人肌のように温かな炎だった。

 この温みは、確かに体に刻まれたもの。ずっとずっと、触れていたもの。

(炎の王って、何者……?)

 大体、この太陽の舟だっておかしい。千夜の旗を掲げた舟が、どうして隠されるようにして照耀の墓の下に埋められている。しかもそこで半分生かされていたのは、千夜の役人だというではないか。照耀国は千夜国から独立した国ではあるが、その場合、前の国の痕跡を徹底的に消すものではないのか。

 清那が呆けていると、いきなり肩を叩かれた。

 振り向くと、すっかり顔色が良くなったオシがいる。その後ろから覗き込むように、イシも頭をもたげていた。

「ネエちゃん、一つ提案があるんだが、このアイテルを少し拝借しないか」

「どういうことですか?」

「ささやかだが、今回の礼だ。万が一お目当ての人に会えたとて、拷問を受けている場合だってある。五体満足な保証はねえ。イシ、アイテル槽から薬は生成できるか」

「朝飯前だよ。イシスペシャルにしてあげる」

 確かに、拷問以前に高砂は人智を超える奇病に侵されているのだ。人智を超える物質が効くということもあるかもしれない。

「ありがとうございます!」

 イシは頷くや否や、腰にぶら下げたバッグから呪符やら宝玉やらを取り出した。割れたアイテル槽から漏れ出た液を小さな薬鉢に注ぎ、何やら香草などを混ぜ始める。

 そしてものの数分で、発光する液体を鉢から瓶に移しかえた。

「できたよ。清那の大切な人が、再び炎を得られますように」

 清那が受け取ると、それは小瓶の中でチャポンと音を立てた。

 その爽やかな緑色は雨後に群生する若葉のようである。

 清那は薬を鞄の底にしまった。

ふと、目の前に砂が降ってきたのが見える。

 地響きがする。

「なんの音だ」

 舟を守るように配置されていた、二体の犬頭の石像が動き出す。それはまるで本物の兵隊のように、槌矛を掲げて地面を叩いた。

「うわっ」

 地面が揺らぐ。

 石像が動いたことにより、岩盤が崩れ巨石が天井から降ってきた。忘れそうになっていたが、ここは三百年前の遺跡なのだ。

「なるほど」

 轟音の中、イシはそれでも冷静に呟いた。

「忍野の遺体は石像の魔力暴走を封印するための枷でもあったんだ。遺体に手を加えたから、アイテル制御で動いていた古代機械たちが元気になるのも当然だね」

「当然って……ええー!」

 それではこの混乱は清那が起こしたようなものだ。

 右側の石像が清那たちを踏み潰さんと大足を持ち上げた。

(……来る!)

 清那は咄嗟に両手で頭を抱え地面に這いつくばった。

 しかし、数秒経っても岩の足は落ちてこない。

 恐る恐る目を開ける。

 オシが石像の足を隆々とした腕で支えていた。

「依頼主を傷つけるわけにゃあいかねえな!」

 雄叫びと同時に、足を放り投げる。石像はバランスを崩し、砂埃を立てて地面に倒れた。

 それを察知した左側の石像が、我もと槌矛を振り上げる。

「チッ……キリがねえ」

 清那たちは先程降ってきた巨石の裏に回り込んだ。入ってきた穴は反対方向で、逃げるには石像たちを超えていかなければならない。清那は唇を噛んだ。

 呼吸を整え、周囲を見渡す。

 視界の隅で、何かが光った。

 オシが先ほど放り投げた、右の石像を凝視する。

 その巨躯は砂山に埋もれて、痙攣するように小刻みに震えている。

 石像の関節部分がバチバチと稲妻を放っている。

(砂で動きが止められている?)

「ちょっと待ってください」

 今にも飛び出そうと三日月刀を抜いたオシを、片手で静止する。

「さっき、イシさんは巫女の砂が遺体の時を止めていたと言っていましたよね」

「うん、言ったよ」

「それって逆に考えれば、巫である私が砂を使えば、動きを止められるということではないでしょうか」

 砂の魔術が巫女特有のものであるのなら、巫女としての技術が体に刻まれている清那が使えないはずないのだ。

「ネエちゃん、本気で言ってるのか? さっきはイシの手引きがあったから星が読めたようなものなんだろ? やったことない魔術なんて……」

「本気です。こんな時に嘘はつきません」

「……イシもその可能性は考えた」

 イシは俯いたまま、顔に暗い影を落としている。

「でも、今の清那じゃ無理。砂を動かすだけならまだしも、時を操るのは相当な体力とアイテルがいる」

「いいえ。少量の砂だけでいいんです」

 清那は石像を見た。とりわけその球体が嵌められた滑らかな繋ぎ目を。

「遺体にアイテルが蓄積するということは、砂にだって蓄積するはずです。そして少なくとも、この部屋には三百年以上アイテルが満ちていた」

「でも、万が一扱えたとてあんなでけェ石像相手じゃ太刀打ちできないだろ」

「先ほどオシさんが倒した石像を見てください。腕や足の接合部から火花が散っているのが見えますか? つまり人間と同じで、関節が弱点だと推測できます。関節だけ狙って砂を詰めるんです」

 イシは前髪の隙間からじっと清那を見つめている。

「細かい作業になるよ。清那にできる?」

「わかりません。ですが、やり遂げて見せます」

 清那は石像を見据えた。

 想像する。

 炎の王に接続したときと要領は同じだ。自分は砂の一部となり、砂海の中に埋もれていく。夕日に沈む赤い砂漠は、自分自身。果てのない砂漠は、永遠をも内包して。

 再び接続する。

 清那は両手を皿のようにして、天に掲げた。

柩神(きゅうしん)よ、星のもと、砂と舞え」

 清那の手から砂が溢れ出した。糸を撚るように縄のようになった砂をしならせ、左側の石像めがけて手を突き出した。

 鞭を叩きつけるように、砂は石像を叩いた。

 巨石ほどもある膝に砂の糸が絡みつく。

 火花が散る。

 膝が完全に停止する。犬頭の像は脚を踏み出そうと力を入れているが、腰から下は凍りついたように動かない。砂で覆われた甲は、それこそ石のように硬くなっている。

「すごい……これがあのお方の……」

 隣でイシがぽつりと呟く。

 清那は手から砂の糸を切り離した。ただの砂となったそれは、はらはらと地面に落ちた。

 二体の石像は、完全に動かなくなった。それからはもはや、ひんやりとした沈黙が続くばかりである。

「もう大丈夫です。この分じゃいずれ葬祭殿も気づくでしょう。騒ぎになる前に急ぎましょう」

 淡々と口に出したが、やはり自分がやったこととは思えなかった。でも確かに感触はある。

「わかった。ここで別れよう」

 オシは体についた砂を払った。三日月刀を腰に差し直す。

「王宮までの地図は頭に入ってる?」

「舟の脇の用水路、ですね」

「そう」

 岩盤から染み出した地下水が道になっていると地図には描かれていた。

 イシはたっぷりと時間をかけて頷いた。返事をするように、清那も頷く。

「ご武運を祈ります」

「お互いにな。ありがとう、ネエちゃん。気をつけろよ」

「いってらっしゃい。星の巫女」

 二人の背中を瞳に焼き付け、もつれる足で視界の隅に映る用水路を目指す。

 穴の隅に、地図の通りに小さな水路があった。その先は、下流に繋がり見えなくなっている。

 清那は深い用水路に、躊躇いもなく飛び込んだ。

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