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砂の王と千夜の唄  作者: 回向田よぱち
第五夜 無貌の獣よ、緋色の鳥よ
18/23

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 朝一番に寝室の扉を叩いたのは、黒、正確には黒夜だった。

「兄貴が呼んでる」

 黒夜に案内されたのは、赤夜の家でも一番大きい広間だった。一族の談話室になっているようだ。ひとつの部屋に役職付と思われる夜の民が集まっている。皆一様に黒い犬なわけではなく、いろいろな種族が寄り集まっていた。集落もそうだが、寄り集まって必死に生きている印象を受ける。

「あなた方を赤冠にお連れしようと思っています」

 部屋の奥、背の高い椅子に座る赤夜が言った。

「炎の王、いや高砂さんの扱う火は、紛れもなく私たちが守ってきた聖火と同じです。炎の王が阿鼻土を浄化する存在だったとしたら、私たちの認識は完全に間違っていたことになる」

 赤夜はかぶりを振った。

「赤冠は封印された都。理をひっくり返すあなた達なら、阿鼻土を退ける何かを見つけられるかもしれません」

 高砂は短く返す。

「行きましょう」

 清那たちとしても、正確な位置がわからなかった千夜国の都、赤冠を目の当たりにできる滅多にない機会だ。この機を逃したくはない。

「わかりました。ご案内します。永遠の夜の都へ」

 杖を地面に叩きつけて、赤夜は立ち上がった。



 清那たちは夜峨の集落からしばらく山を登った。尾根に到達し、その眼下に広がる景色を俯瞰に見た時、ありえない光景が広がっていたのだ。

「これは……」

 赤い渓谷を、天蓋が覆っている。

 砂色の膜が山の一部分に半球を描いている。丁度素焼きのボウルをひっくり返したような形で、都市であったであろう場所を完全に隠していた。

「なぜこんなことを」

「中に入ればわかりますよ」

 尾根を吹き抜ける強風で黒髪を揺らしながら赤夜は言った。今回赤冠に突入するメンバーは清那、高砂、赤夜、黒夜、てとの五人だけだった。赤冠の入り口は夜の民でも正統な王家の血筋だけに引き継がれる秘密らしく、今回は伴も駄獣も連れていない。

 一行は尾根筋から少し下り、山間の中腹にある大きな岩の前に着いた。黒夜がその小さな体で岩を動かすと、横穴が出現した。

 横穴の中は意外としっかりとした隧道になっていた。黒夜の持つ松明と高砂の蛇の尾先に灯る聖火を頼りに進む。赤夜によると、赤冠に通じていた街道は全て塞がれており、この隧道が唯一の出入り口だという。

 数時間ほど歩いただろうか。

 開けた場所に出た。

 依然として視界は暗いが、目の前に白い煉瓦造りの建物が見える。

 黒夜は松明の火を地面にこすりつけて消した。それに倣って、高砂も尾の先に飾りを被せて炎を消す。

「わあ……!」

 灯りを消して目が慣れてきたとともに、眼前に城下町が浮かび上がってきた。

 白い煉瓦造りの家々、神殿や王宮は濃紺の屋根を抱き星明りを反射している。

(夢で見た、そのままの街だ)

 アイテルを使用するごとに、脳内に浮かび上がってくる光景。それが今、清那の前で実際に展開されている。

「あっかん! あっかん!」

 てとはぴょんぴょんと清那の周りを跳ね回る。

「空を見てみろ」

 指示に従い天を仰いだ清那は、再び目を疑った。

 そこには、星空が広がっていた。

「そんなに歩きましたっけ」

「いいえ。今は丁度昼過ぎくらいでしょうね」

 顎に手を添えて星空を見つめながら、高砂は言う。

「砂の天蓋に小さい穴を開け、天球を疑似的に作っているのか」

「ご名答。流石大学の先生ですね」

 赤夜は満足げに頷いた。

「千夜国の巫女や神官が使う国家巫術には二種類あります。星を読み天候を予言する嵐の術。時を止める砂の術。最後の星の巫、来楽様は砂の術を使い、都全体の時を止めたのです」

 永遠の夜に囚われた都。

 美しい街だった。しかし、そこに人間はひとりもいない。

 時が止まった街など、永遠に生かされていたとしても死んだも同然だ。

「なぜそこまでする必要が……」

「私どもでもわかりません。星の民が一人でもいたのなら、理由を引き継いでいたかもしれないですが」

 赤夜は宙に視線を向ける。

 偽りの星空に。

「おい、ぼーっとしてないで行くぞ。目的地はまだ先だ」

 ぶっきらぼうに黒夜は言うが、その尻尾はぶんぶんと振られている。なにか期待していることでもあるのだろう。

 黒夜の背中を追って、青と白の宮殿の中に入る。

 石畳が整備され、庭園には花の咲き乱れる荘厳な宮殿はしかし、溢れる噴水の水すら動きを止めていた。建物の中を歩いているはずなのに、清那は絵画を見ている気持ちになった。

 やがて、大きな塔の前で一行は足を止める。

 荘厳な塔だ。塔にはたくさんの建物が増築されており、夢で見たのとは少し違う、これはどちらかというと。

(炎の王の術式を使うときに見る光景)

「ここだ」

 大きな石の扉を、黒夜は叩いた。

「ほかの宮殿などは入り放題ではあるんですが、この塔だけ絶対に開かないんですよね。建てつけが悪いんじゃないかと試したことはありますが、びくともしなくて。中に何か隠されていると踏んでいるんですが……」

 高砂は塔の前に刻まれた石板を目で追う。

「書架の塔、と書いてあるな」

「しょかのと、てと、はうす! あるじ、ますたー、はうす!」

 てとはいままでにないくらい元気よく走り回っている。

「書架の、塔……」

(やっぱり、そうだったんだ)

 清那の鼓動が早鐘を打つ。

 この塔の入り方なら知っている。

 何度も何度も、この塔を登ったから。

 清那は石板にある四角い突起に手をかざし、付いている蓋を上に持ち上げた。

 ピ、と音が鳴り、光る文字盤が出てくる。

 千夜の文字だ。

「先生、私が今言う言葉を順番に押してください」

「わかった」

「アルフ、ライラ、ワ、ライラ」

 ピピー、と甲高い音が鳴った。

 空気が抜けるような音と共に、金属製の扉が滑らかに開いていく。

 三百年の封印が、今、解かれた。

「まさか、本当に開けてしまうとは」

 冷や汗を垂らしながら、赤夜は絶句した。

 塔の内部に入った途端、埃臭さが鼻をつく。

「図書館?」

「ええ。炎の王の居城であり図書館です。塔の内部は八割方本で埋め尽くされていますが、他にも祭儀室や食堂、寝室も兼ね備えています。すべては彼の王を閉じ込めるための施設です」

 自分の口かと思うくらいに饒舌に言葉が出てくる。緊張と期待で指先が冷えている。

 黒夜が首を傾げながら問う。

「炎の王は……柩神ではなく実際にいた王なのか? 家系図に載っていないだろう」

「はい。千夜国には二人の王がいました。いや、正確には宰相と言った方が正しい表現かもしれません」

 清那たちは図書館の壁を這うように設置された螺旋階段を登っていく。

「これは予感ですが、この塔の最上階に私たちが求める真実が残されている、そんな気がするんです」

 手すりに積もった埃を指でなぞりながら、清那たちは進んだ。時が止まっているのだ。これはこの都市にまだ昼と夜があったころから積もっていたものだろう。この埃だけが、この都市は生きていたと主張しているようだった。


 足が重くなるほど階段を登り進めたその先に、五人はたどり着く。

 想定したよりも小さな部屋だった。

 差し込む星明りが透かし彫りの格子を潜り抜け、大理石の床に模様を描いている。

 人間が寝るには大きすぎる寝台。薄いカーテンがかかったその中で、それらは静かに時を止めていた。

 黒い化け物に、狗族の女が寄りかかっている。

 化け物は巨大なトカゲのようだった。駱駝四頭分はあるだろうかという大きさだ。鋭い角が生えた爬虫類の頭。黒い鱗はしかし、緑色に腐った箇所が多数見受けられる。隆起した背中からは部屋を包み込めるほどの翼が映えており、赤い羽根が覆っている。赤い羽根は部屋中に散らばり、床に積もっている。

 その化け物の腹の部分にうずくまる様にして、女は身を預けていた。

 女の手には剣舞用の三日月刀が握られ、化け物の体からは、どくどくと血が流れ続けている。女の小麦色の髪は、白と紺の巫女装束は、その血で濡れて。

 緑色の、血で、濡れて。

「来楽姫……」

 女は清那と瓜二つだった。

 女は剣を化け物の心臓に突き刺したまま、鱗に覆われた顔に口づけを落としていた。

 偽りの星明りは、二人に白いヴェールを被せるように、柔らかく降り注いでいる。

 永遠とは停滞、とどのつまり死である。

 この部屋において、ひとりといっぴきは、永遠の愛を体現していた。

 誰にも知られることなく。

 誰からも忘れ去られて。

 炎の王と星読みの巫女は、ふたりきり、永夜の都で息絶えていた。


 清那の視界が、急に揺らいだ。

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