まぶたの裏のシジミチョウ
——勇気と蛮行をはき違えてはいけないよ。
——魔女の使い魔になりたがるものはそこそこにいるけれど、魔女はとても怖く、意地の悪いものが多い。そう滅多に近づくものじゃないよ。
——それに、使い魔になるにはとても優秀じゃなくちゃいけないんだ。
——例えばこの黒猫。私の使い魔になるために修行して、死霊を百匹退治した。
——例えばこの蝙蝠。物を探すのが大の得意で、私のために千年に一度しか咲かない花を見つけてきた。
——ここまでたどり着くのは大変だっただろう。それだけで君の勇気は凄いものだ。だが、小さな小さな一匹のシジミチョウである君が、私のために、何ができるっていうんだ?
『わたしは、魔女様のおそばでひらひらと舞うことが出来ます。そうして、魔女様の目を楽しませ、心を和ませることが出来ます』
——……そうか。ところで、君はなぜ、私の使い魔になりたいんだ? 私の目を楽しませることだけが目的と言うわけではないのだろう?
『はい。その通りです。わたしはわたしの望みがあって来ました』
『わたしの仲間の中には、海を渡って旅する者がいます。冬越えをして、何年にも渡り生きるものもいます』
『でもわたしにはそのどちらもできません。それで、ではわたしにできることは何なのか、考えてみたのです。そして思ったんです』
『わたし自身ではできることはあまりないけれども、誰かに覚えていてもらうことならできるのではないか、と』
『そこで、長い長い時間を生きる魔女様に覚えておいてほしいと思いました』
『長い長い時間の中、わたしを時々思い出して、ゆったりとした気持ちになってもらいたい、誰かの中で生き続け、その人のお役に立ちたい、と』
『長生きのものなら誰でもよかったわけではありませんよ。魔女様が怖くて意地が悪いと噂されているのは知っていました。だからこそ、本当にそうなのか、もし違っていたのなら、わたしは皆から勘違いされている魔女様のお役に立ちたいと、そう思ったのです』
——繰り返すが、勇気と蛮行をはき違えてはいけないよ。
——だが、君のその勇気とも無謀ともとれる行動のおかげで、私は君と出会うことが出来た。そのことは本当にうれしく思うよ。
『はい、魔女様』
『わたしも、魔女様と会えて、噂が嘘っぱちだとわかって、本当にうれしく思います』
——そうか。
『はい』
——ではこの先、私のそばでひらひらと舞い、私の目を楽しませ、心を和ませてくれるかい?
『魔女様の使い魔として、魔女様のお役に立てるのであれば、もちろん喜んで』