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第五章:贖罪と烙印⑤

「寒いの?」

 そう聞くと、リスルはイーシュの手を掴んで引き寄せ、膝にかけたレイモンの上着の下へと突っ込んだ。その拍子にバランスを崩したイーシュは、キルティングの生地の下でうっかり柔らかく弾力のある何かに触れてしまって動揺した。リスルの太腿だった。

 イーシュの手を掴んだまま離してくれないリスルの柔らかくて滑らかな指の感触に、女の人なんだ、と改めて感じ、イーシュは意識のやり場に困る。繋いだままの手の感触に、服越しに密着する身体の甘い香り。緩くふんわりとした曲線を描く茶色の巻毛に白く美しい横顔。新緑を思わせる明るいグリーンの瞳に、ナチュラルなピンクベージュのリップが引かれた、少し荒れてはいるけれど柔らかそうな唇。途端にそういったものの一つ一つを意識してしまって、イーシュの心臓が鳴る。彼女を構成するその一つ一つをずっと眺めていたいような気もするのに、妙な考えが首をもたげてきそうな気がして直視できない。

 特に意に介したふうもないリスルに対し、イーシュが一人でどぎまぎしていると、階上でギィと音を立てて扉が開く音がした。誰かが石段を降りてくる。イーシュは我に返って、リスルから身体を離して距離を取る。身体に触れていた温もりが離れていく。

「……何をしているんですか?」

 呆れたような女の声が、もっと緊張感を持てとでも言わんばかりに冷ややかにそう言った。長い黒髪に菫色の双眸のシスター服の女の姿が、彼女の持つ手燭の灯りで浮かび上がっている。

「仲が良いのは結構なことですが、不埒な真似は控えてくださいね。もっとも、思春期の少年にはなかなか難しい相談かもしれませんが」

「……っ!」

 淡々としたアイリスの言葉に、イーシュは膝に顔を埋めた。耳が熱い。

「シスター・アイリス。あまりイーシュ君をいじめないでください。シスター・リスル、遅くなってすみません。仕事が一段落したので、食事と着替えをお持ちしました」

 アイリスの後ろから、ゆっくりと金髪碧眼の壮年の神父が石段を降りてきた。パンとシチューが乗った盆を手にしている。

「ありがとうございます。レイモン神父。あと、上着をお返ししておきますね。ありがとうございました」

「いえ、どういたしまして。そうだ、お食事の前にこれを」

 レイモンは貸していたキルティングコートをリスルから受け取ると、自分の法衣の胸元から小瓶を二つ取り出した。飲んでください、とレイモンはそれらをリスルとイーシュに渡す。

 リスルは小瓶の蓋を開け、中身を口にした。イーシュも彼女に倣い、小瓶の蓋を開け、中に入っていたものにぎょっとした。中に入っていたどろりとした液体は濁った紫色でぶくぶくと泡立っており、不自然に甘ったるい匂いが漂っている。

 薬の知識があるリスルが飲んだのだから身体に害はないはずだと思い、恐る恐るイーシュは小瓶に口をつけた。喉に焼けるような熱さを感じ、鼻を甘ったるい匂いが突き抜けていく。どうにか液体を飲み下すと、何種類もブレンドされた薬草が悪い相乗効果を起こしているのか、今度は独特な香りが食道を逆流してくる。

「俺を殺す気ですか……?」

 恨みがましい目でレイモンに突き刺さるような視線を送ると、彼は苦笑しながら、薬について説明してくれた。

「お二人とも、全身傷だらけの上にかなりお疲れのようでしたから、これは教会秘伝のちょっとした栄養剤です。味はまあ……良薬口に苦しと言いますし……」

「何これ無理……不味すぎて死にそう……」

げっそりとした様子で栄養剤だという液体が入っていた小瓶をイーシュはレイモンへと返した。

「この薬は一日三回摂取することでだんだん効いてくるはずですし、また作って持ってきますね」

「もう持ってこなくていい……」

げんなりとした様子のイーシュに対し、意に介したふうもなくレイモンは完全にその言葉を聞き流す。後でまた食器を取りに来ますねと言うと、レイモンはアイリスを伴って、降りてきた石段を登っていき、姿を消した。


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