吸血鬼
三題噺もどきーにじゅうろく。
吸血鬼。
お題:吸血鬼・カレーライス・ケージ
黒々とした森の奥深く。
そこに佇む、大きな屋敷。
静かに在るそれは、異様な存在感を放っていた。
そこへ、1人の祓魔師がやって来た―
僕は、しがない祓魔師をしている。
有名でも何でもない、何なら何でも屋だと思われているのではないかというぐらいの、一応と言われても仕方ないくらい、何もない祓魔師。
今回は、吸血鬼が居ると噂の森の屋敷に居た。
正直、噂の信憑性は低かったのだが、街の住民が酷く怯え、退治をして欲しいとの依頼があったのだ。
今まで聞いた名前の吸血鬼ではあったが、こんなところに居るはずがない。
と、思っていた。
僕は、噂の吸血鬼と対面した。
―というか、森に入ってすぐのところに、よくわからないが畑もどきみたいなものがあって、そこにいた。農民みたいな、ラフな格好してる、吸血鬼が。
あまりのらしくなさに、茫然としていると、吸血鬼に見つかり、瞬く間に目の前に立ち上がった。
殺される―そう思ったのだが
「おや!こんな所に客人が来るとは!ささ、どうぞ中にお入りなさい。丁度食事の時間だったんだ。」
そう言うと、僕をリビングルームらしき場所へと通した。
そして、どこかに行ったかと思うと、両手に皿を持って帰ってきた。
服装も、いつの間にか変わっていた。
「さあ、どうぞ。遠慮なく食べてくれ。」
そう言って、差し出されたのは、カレーライスだった。
なぜカレー…。
吸血鬼の彼は、僕の目の前の席に座り、とても綺麗にカレーライスを食べていた。
真白な皿に、カレーが残らぬように、きれいに、食べていた。
「ん?カレーはお嫌いかな?」
スプーンさえ手に取ろうとしなかった僕を不審に思ったのか、声をかけてきた。
「いや、そういう、訳じゃ……」
そう言いながら、スプーンを手に取る。
(って、いやいやいや、ダメだろ!!)
我に返る。
「お前、何がしたいんだ!?」
勢い立ち上がる。いつでも、動けるように。
「何が、とは?」
彼は、静かにスプーンを置き、手を組んで、その上に顔をのせる。
「――っ。」
射すくめられ、言葉が詰まる。
いくら、人間らしい行動をしているように見せていても、彼は吸血鬼である。
その目には、いくらかの力が、あるのだ。
「別に、私は客人と食事を楽しみたいだけさ。」
目を細め、口をゆがめる。
うっすらと、赤く光る眼が。
「う、嘘だ。僕を騙して、後で襲う気だったんだろう!」
「はぁ…。」
何か癪に障ったのか、突然立ち上がり、こちらへと向かってくる。
「まったく。君は祓魔師だろう?私が、何をしようと意味が無いではないか。襲った所で私が倒されるだけだ。」
そう言って、今度は僕の隣の席に座った。
「お前―!」
とっさにその場から離れる。
「そんなに警戒心を剥き出しにしなくてもいいではないか。今のは、少々傷ついたぞ。」
そう言って、席から離れる。
先程から何がしたいのか、コイツは。
「私はね、ここでちょっとした探し物をしているんだよ。」
彼は、おもむろに、リビングルームにあった棚の一つから小さなケージを取り出した。
その中には、小さく光る物体が浮かんでいた。
「フェアリー……?」
「さすが、祓魔師。フェアリーの存在ぐらいは知っているか。」
彼は、ゆっくりとそのケージを開けた。
途端、ケージの中にいたフェアリーが飛び出し、僕の周りを飛ぶ。
「この子が、以前住んでいた屋敷に迷い込んでしまってね。彼女の故郷がこの辺りにあると言うので、探していたんだよ。」
クルクルと回るフェアリーを彼は柔和な笑みで眺めていた。
大方、よくない行商人に捕まったところを逃げ出してきたのだろう。
いくら、彼らのような存在が人より上でも、人が勝ることがないわけではない。
ましてや、彼女のような小さな生き物は、簡単に捕まる。
「僕、この辺りでフェアリーが居るところ、知っていますよ。」
何故、そんなことを言ってしまったのか自分でも分からないが、愛しそうにフェアリーを見る彼を見て、声が出てしまったのだ。
「ホントか!?」
その言葉を聞いた途端、彼の表情は、とても明るくなった。
「よかったな。彼が君の故郷を知っているようだ。」
そう、フェアリーに話しかけている。
「あぁ、でもほんとにその子の家かはわかりません。」
「かまわん。その時は、君がこの子を引き受けてくれ。」
「え?」
自分の子供のようにフェアリーの頭を優しく撫でながら彼は言う。
小さな小さなその頭を、とても、愛おしそうに。
「君がここに来たのは、私の噂が街に広がっているからだろう?存在が知られた以上、あまり長居はできない。私も死にたくはないからね。だから、彼女を引き受けてくれないか?」
「それは、構いませんけど、その子は……」
「大丈夫。彼女は、とっても賢いから。」
「では、彼女をよろしく頼むよ。」
「はい。」
そう言って、彼は僕の目の前から消えた。
風が吹いたかと思えば、彼はもう既にいなかった。
預かったフェアリーは心なし、寂しそうに見えた。
(退治しに来たのに。これじゃ、何しに来たのか分からないじゃん)
そうは思いつつも、彼が来た理由を思うと、まぁこれでもいいかと思ってしまった。
うん。祓魔師失格かもしれない。