組長
ジーニアスとアンセルは話をそこそこに切り上げて獣人会のボス、十四代目組長との面会に向かった。
獣人会の十四代目組長。
俺でも知っている超有名人であり、強さと賢さを備え、かなりの若さでほかの重鎮を抑えて組長になった奴である。
子供達の報告によれば、かなり悪どいやり方をする人物でもあり、あちこちから相当な恨みを買っているそうだ。
特に、むかしから獣人会を支えてきた古株の獣人達からは相当な恨みを買っていると聞く。
そして、奴らはこの抗争に紛れて十四代目を殺すつもりだ。
「失礼します。組長」
「失礼します」
「ん?おー、お前達か。アンセルは事前に連絡があったが、ジーニアスまで来るとはな。しかも、面白い人間まで連れてきているじゃないか」
組長が居る部屋。
和式を想像させるような作りの部屋で、十四代目組長エーレンは子猫を撫でながら出迎える。
本来部外者はこの地に足を踏み入れることは出来ないそうだが、ジーニアスの口添えのお陰で俺もここに入ることが出来た。
護衛のゼット君ですらここに入れないのだから、本当に特例中の特例なのだろう。
ゼット君はここから二つほど離れた部屋で待機中である。
「初めまして。獣人会十四代目組長エーレン。傭兵団揺レ動ク物団長仁だ」
「“黒滅”の名で知られてる世界最強の傭兵。部下がその特徴と似た人物を発見したと聞いていたが、本物のようだ。で?そんな世界最強様が何故ここに?」
「私が呼びました。エーレン組長。彼とは少々繋がりがありまして。私が窮地に陥った際に、助けを呼びました」
「あの老害共の罠にハマったって奴だな。お前なら生きているとは思っていたが........その様子だとかなりまずい所まで追い詰められたんだな。よく生きて帰ってきた」
エーレンはそう言うと、椅子から立ち上がってこちらに寄ってくる。
本人の前なので口には出さないが、こいつショタじゃん。
鮮やかなピンク髪は物凄く目立つし、腐のつくご婦人方が猫として妄想を膨らませてしまう様なほどに可愛らしい。
我が傭兵団随一のオトコの娘ロナには劣るが、それでも目覚めてしまいそうな輩が多そうな見た目である。
トコトコと歩いてくる姿は、とても裏社会に生きるボスとは思えなかった。
「おいおい。黒滅君。思っていることが顔に書いてあるぞ?“随分と可愛らしい姿だな”って」
「そいつは失礼。場合によっては子供であろうと殺す、泣く子も黙る獣人会のトップが可愛すぎてな」
「おい、黒滅!!」
あまりに失礼すぎた態度に、ジーニアスが冷や汗をかきながらこちらを睨みつける。
しかし、当の本人は愉快そうに笑っていた。
「アッハッハッハ!!そうだろうそうだろう?僕もこの可愛さは気に入っているんだが、誰も褒めてくれないんだ。意外と大変なんだよ?毛並みの手入れ。触ってみる?」
「いいのか?」
「いいとも。自慢する相手もほとんどいないしね。ジーニアスとかアンセルにも褒めてろもらいたいけど、彼らは立場がある。僕と対等に話せるのは君のような頭のネジがぶっ飛んだイカレ野郎だけだよ」
「人をイカレ野郎と言うとは、随分と失礼なやつだ。これはお仕置が必要だな」
俺はそう言いながら、エーレンの耳を軽くなでる。
うわ、本当にフッサフサな毛並みだな。ロナにはやはり劣るが、それでもこの毛並みを維持するのは大変だろうに。
うちにも獣人がいるから分かるが、彼らの毛並みは手を抜くとすぐにガサツく。
彼は自分の身なりに相当な気を使っているのだろう。
「んっ........はぁ........触り方がいやらし過ぎやしないか?もしかして、僕に発情でもしたのか」
「馬鹿言え。ウチにも獣人傭兵がいるから、喜ぶ場所を知ってるだけだ。後、俺は妻帯者な上に子持ちだぞ。あまり下手な口を聞くと、嫁がお前を殺しにくるから気をつけろ」
「........冗談を言ってる様な顔じゃないね。そんなに怖いのかい?君のお嫁さんは」
「普段は怖くないし、普通に良い奴だよ。でも、怒らせるとマジで怖いから気を付けろ。相手が神であろうと殺しに行こうとするやつだ」
「わぁ、それは恐ろしい。なら、そろそろ退かないとね。結構気持ちよかったのに残念だ」
エーレンはそう言うと、ジーニアスの元に向かう。
そして、ニッコリと笑ってジーニアスの胸に拳を軽く置いた。
「話が逸れたが、よく帰ってきた。お前が居なくなると困ることも多いからな」
「ありがとうございます。組長」
「んで、老害どもをどうするか........アンセル。どうしたい?本音で話せ」
ほんの僅かだが、アンセルに殺気が向けられたのが分かる。
こんなにも可愛い見た目をしているが、やはり裏組織に生きる者。僅かに垣間見えたその鬼の片鱗は、相当なものだ。
「しょ、正直に申しますと........消したいと思います。彼らは明らかに獣人会に害を成している。多少、ふところに金を入れるならともかく、今回の抗争に関しては獣人会への攻撃です」
「うんうん。そうだろう?古の兵が今まで獣人会に貢献してきたことは知ってる。だから、今まで多少の事は目をつぶってやった。だが、度が過ぎたな。僕のお気に入りであるジーニアスに手を出すのは流石に見逃せない」
「く、組長........」
「幸い、ジジィどもの甘い汁を啜ってんのは極小数だ。下の連中を切り崩すだけで簡単に殺せる。その地位にあぐらをかいて、組織に喧嘩を売った代償は高くつくぞ。黒滅。もちろん君にも手伝ってもらう」
「そのために呼ばれたんだしな。俺としても、さっさとこの抗争を終わらせて欲しい。あまり長引くと嫁が怒る」
一ヶ月とか家を開けたら間違いなく花音が怒って獣王国にやってくる。
そして、呼び出したジーニアスを含めた獣人会全てが塵となるだろう。
花音は意外と理不尽なのだ。とくに俺が関わると。
エーレンも何となく察したのだろう。彼は苦笑いを浮かべ、俺の肩を軽く叩いた。
「怖いお嫁さんなんだね........」
「怒らせるとな。でも怒らせなきゃ可愛いぞ。世界一の嫁さんだ」
「その言葉は僕に言わずに本人に言ってあげなきゃ。もし、夫婦間で何かあればここに逃げてくるといいよ。ぼくが慰めてあげよう。いい子いい子してやるぞ」
「........あいにくそういう趣味はない。お前、男だろ」
「あはは!!それは残念。僕はどっちも大丈夫なんだけどなぁ」
両刀かよ。
俺はこのイカれた組長に頭を軽く抱えながら、ジーニアス達も苦労してるんだなと思うのだった。




