おい
平穏な日々が続くある日、俺は日課となっている厄災級魔物達とのコミュニケーションを取るため拠点内をウロウロとしていた。
基本的に厄災級魔物達は自由だ。
傭兵団に属していようとも、仕事がない限りはどこで何をしていようが自由である。
流石に人里に降りて厄災が厄災たる所以を見せつけるのはダメだが、空を飛んで呑気に散歩ぐらいは普通に許されていた。
とは言え、空を飛べない者も多く、彼は割と暇な日々を過ごしている。
そんな厄災級魔物達の為に、俺が暇を潰せるように話に行くのだ。
「やぁ、ヨルムンガンド。調子はどうだい?」
『普通だよ。団長さん。相変わらず賑やかで騒がしい』
「ハッハッハ!!俺達唯一の取り柄だからな。この賑やかさを無くしたら何が残るってんだ」
そんな暇をする厄災級魔物の一体である“死毒”ヨルムンガンドは、土の中から頭だけをひょっこりと出して触覚で地面に文字を書く。
体の構造上話せない彼女は、こうして団員とコミュニケーションを取るのだ。
え?“彼女”ってどういうことかって?
ヨルムンガンドは女性らしいぞ。俺には男か女かの違いが全く分からないけど。
確かに女々しいところがあるし仕草もどこか女の子らしいが、所詮は魔物。
人間の目から見れば性別がどちらかなんて全く分からないのである。
「最近はどうだ?随分と暇になっちまったが、退屈してないか?」
『シルフォードが毎日来てくれるからね。話し相手がいるだけで楽しいよ。あの島にいた頃は、月に一度顔を合わせるぐらいしか暇つぶしがなかったし』
「ヨルムンガンドはシルフォードが大好きだな」
『大好きだよ。最初は私に脅えてたけど、今となっては私の頭に乗って呑気に今日あった事を話してくれるんだから。私としては、その話を聞くだけでも楽しいさ』
「是非ともファフニールには見習って欲しいな。アイツは暇になるとすぐどこ行く」
『仕方がないよ。彼はいろいろな交流を持っているからね』
ヨルムンガンドはそう言うと、“頭の上に乗る?”と言わんばかりに触覚をうねらせて俺の腰に巻き付ける。
なんと言うか、子供を膝の上に載せようとするお母さん見たいな感じだな。
ちょっと可愛らしいヨルムンガンドのお言葉に甘え、俺はヨルムンガンドの頭に乗ると胡座をかいて頭を軽く撫でた。
「乗り心地がいいな。冷たくて気持ちいい」
『それは良かった。シルフォードからも好評なんだよ?私の頭の上は落ち着くって』
「ハッハッハ。確かにシルフォードが懐くのも分かるな。シルフォードとは最近どうだ?他の団員の話でもいいけど」
『シルフォードとはいつも通り話しているだけだよ。最近、エレノラが居なくなったでしょ?それで落ち込むトリスの話を良くしてた』
「あぁ、俺も聞いたな。ようやく元に戻ったって」
『ケルベロスも困ってたよ。できる限り寄り添っては上げてたけど、彼にできるのはそれだけだからね』
「魔物であるが故に何も出来ない。かつて厄災を振りまいた魔物が随分と可愛くなったもんだ」
『ははは。皆過去に色々とあるんだよ。それに、もし団長さんや団員の誰かが殺されれば、報復戦争を仕掛けるでしょ?その時はまた厄災の恐ろしさを人類に刻み込むことになる』
「........恐ろしい限りだ。精々、寿命を全うして死ねるようにみんなには言い聞かせておくよ」
ヨルムンガンドから感じられた僅かな殺気。
僅かな殺気ではあるが、その殺気は俺の曲がった背筋を伸ばすには十分だった。
ヨルムンガンドは相当ここが気に入っているらしい。もし、シルフォードが誰かに殺されたなんて日が来たら、この大陸その物を消し飛ばしかねないな。
そんなことを話しながらヨルムンガンドとのどかな雰囲気を楽しんでいると、俺達の背後から影が差す。
振り返れば、そこにはジャバウォックが居た。
「やぁ、ジャバウォック。どうしたんだい?」
「団長さんとヨルムンガンドが話しているのが見えた。混ざろうかと思って」
「ソイツは大歓迎だ。適当な場所に座りな」
『ジャバ君、ヤホー。座って座って』
ジャバウォックは言われた通り、適当な場所に座ると大きく欠伸をする。
ラナーと話したいがために言葉を話せるようになった彼は、随分と人間らしくなっていた。
「かなり話すのが上手くなったな。もうスラスラじゃないか」
「まぁ、ラナーと話したいから。それに、ラナーには色々と練習を付き合ってもらってたから、成長しない訳にも行かないよ」
『いいな。私は体の構造上話せないから羨ましいよ』
「........練習は死ぬほど大変だったけどね。元々、人の言葉を話せる様な口じゃなかったから」
「練習の賜物だな。ところで、ラナーとは最近どうなんだ?」
スンダルから聞いた話では、ラナーはジャバウォックに恋をしているらしい。
人様の恋愛事情に首を突っ込むつもりは無いが、やはり気になってしまうのは人としての性である。
ヨルムンガンドも気になってるようで、触角が期待しているかのように揺れていた。
分かりやすいね。その触角。
「ラナーとは........んー、いつも通りかな」
「いつも通りって、俺達はそのいつもを知らないんだぞ」
『そうそう。人と魔物との距離感にしては随分と近いらしいけど、どうなの?』
「私と結婚したいとか言ってた」
『「マジかよ」』
ラナー、既にジャバウォックにプロポーズしていた件について。
流石にそこまで行ってないと思っていた俺達は、それはもう興味津々である。
ヨルムンガンドすらも、ちょっと前のめりで話を聞こうとしていた。
「で、どう返したんだ?」
「魔物だけどいいのか?って」
『で?どうなったの?!』
「私じゃなきゃダメだと言ってた」
「うんうん。で、ジャバウォックの返事は?」
「もちろんOKだったよ。でも、団長さん達に話すと面倒事になるからダメって言ってた」
『「おい」』
なら言うなよ。口が軽すぎやしないか?
それにしても、ラナーとジャバウォックが既にできて居たとは思わなかった。
スンダルの観察眼ってすごいんだなぁ。
「なんで言ったんだよ」
「盛大に祝われるのが嫌だからラナーは“言うな”って言った。団長さんには知ってもらっていた方がいいけど、言いふらさないでね。じゃないとラナーに滅茶苦茶怒られる」
『ラナーちゃんが怒ると怖いらしいから、黙ってようか』
「だな。シルフォードが真っ青になるぐらいラナーって怒ると怖いらしいし、新婚の夫婦にヒビを入れるのはまずい。俺も花音に怒られたくは無いし、気持ちは分かるからな........」
こうして、ジャバウォックとラナーが出来ていた事は俺達の秘密となった。
この日から、同じ奥さんを持つものとしてジャバウォックとは更によく話すようになったのは当然と言えるだろう。




