エレノラ旅立つ
モヒカンの結婚式が終わってから半年後、平穏な日々が続く中俺達はエレノラのために集まっていた。
エレノラと出会ってから約五年。長い年月が過ぎ去りついにこの日が訪れたのである。
「今までお世話になりました。先生方」
「一番最初に生徒になったエレノラが、1番最後に卒業するとは思ってもみなかったぜ。一番手のかかった生徒だ」
「ほんと、疲れたよ。毎度毎度爆破実験に私たちを使いやがって。教師に対するリスペクトが足りないねぇ」
「まぁまぁ、仁くんも花音ちゃんも、最後なんだから優しく見送ってあげようよ」
「気持ちはわからなくも無いけどねー」
旅支度を終え、カバンを背中に背負うエレノラ。
毎度毎度俺達を実験動物扱いする上に、あちこちで爆発を起こしてきた問題児に文句を言いたくなる気持ちはわかってくれるだろう。
事実、俺達を窘める黒百合さんも少し小言を言っていた。
「最後の愛弟子が旅立つというのに、酷い先生方ですね。そこは嘘でも笑顔で送り出すべきでは?」
「可愛い可愛い弟子なら送り出してたさ。お前が今まで何度俺達相手に迷惑を掛けてきたと思ってる?」
「........めい、わく?」
「嘘だろコイツ。今まで迷惑をかけてきた自覚がないのか」
「この面の皮の厚さだけは見習いたいねぇ........」
本気で首を傾げるエレノラ。
今まで迷惑をかけてきたという自覚が全く伺えなかった。
ちゃんと道徳も教え込んだはずなんだが、この頭のネジが外れた爆弾魔ちゃんには届かなかったようだ。
今からでも旅立ちを止めて、もう一度道徳の授業をやり直した方がいいかもしれん。
割と本気で俺がそう思っていると、エレノラに涙目で抱きつく少女が1人。
エレノラのことをこの傭兵団の中で1番可愛がっていたトリスだ。
「うぇぇぇぇん!!エレノラ、行っちゃやだぁ!!」
「トリス姉さん。ごめんなさい。私は世界を見て回りたいので」
「爆弾の開発、まだ終わってないんでしょ?私も付き合っあげるから、もうちょっとここに居ようよぉ!!」
「........ここは居心地が良すぎて、死ぬまで骨を填めそうなので。厄災級魔物の宝庫で手に入りづらい素材も沢山ありますが、ここに骨を填めたら私はダメになってしまいそうです」
「いいじゃん!!私達とずっと一緒に居ようよぉ........」
ギャン泣きするトリスト、それを窘める様に頭を撫でるエレノラ。
これでは、どちらが姉か分かったものでは無い。
ギャン泣きするトリスを見て、ラナーもシルフォードも呆れていた。
「トリスがここまで泣くのは初めて見ました。私たちの故郷が無くなった時ですら、泣かなかった子なのに」
「それだけエレノラの事は大切だったって事。ある意味、平和」
「そうですね。ほら、トリス。エレノラさんが困ってるので離れますよ」
「やだァァァ!!もっと一緒にいるぅ!!」
「はぁ........ならエレノラさんと旅に出ますか?私は止めませんし、多分団長様も許してくれますよ?」
「........ここに居るぅ。私の居場所はここだけだもん」
「そうですね。すいません、エレノラさん。我儘しか言わない妹でして」
申し訳なさそうにするラナーに対し、エレノラは首を横に振る。
「お気になさらず。私には家族が居ないので、我儘な姉が出来たらこんな感じだったのかなと楽しめました。ある程度世界を回った後、また来ますね」
「その時は楽しいお話を聞かせてください。トリスは少々度が過ぎてましたが、私達も貴方を妹の様に思ってますので」
「ありがとうございます。ラナー姉さん」
「バイバイ。また帰ってきてね」
「はい。シルフォード姉さん」
トリスの首元を掴み、強引にエレノラから離すラナー。
最後の最後までトリスは泣いていたが、俺たちに止める権利はない。
と言うか、正直このまま“エレノラについて行く!!”と言うのかと思ったんだがな。
俺の考えている事を読み取ったのか、シルフォードにトリスを押し付けたラナーが微笑む。
「ふふっ、団長様。私達の忠誠は重いのですよ。この傭兵団の為なら命だって差し出しますので」
「わぁ、全く嬉しくないラブコールだ。重すぎて地面に穴が空くよ」
「それだけ、私達は団長様達に恩を感じているのです。貴方様が居なければ、今頃私達は暗い世界で生きるか野垂れ死んでいましたからね」
そう話している間にも、エレノラと仲良くしていた厄災級魔物達や獣人組が暖かく見送りの言葉をかけている。
本当に変わり者ではあったが、こうして見ると意外と社交性はあったんだな。
やはり爆弾が絡まなければマトモな人間なのだろう。爆弾が絡んだところしか見てないから、俺達からすると頭のイカれた変人だが。
暫くすると、厄災級魔物達や獣人組とも別れを終える。
エレノラの目が少し潤んでいたが、俺はそれについては触れなかった。
「では、行ってきます。ある程度世界を回ったら、また戻ってきますよ」
「出来れば帰ってきて欲しくは無いけどな。それと、覚えてるな?俺が言った約束」
「えぇ、覚えてますよ。“人の為に力を使え。ただし悪党は殺してよし”でしょ?」
「そうだ。それさえ守っていれば、お前は俺達の生徒だ。気を付けて行ってこい」
エレノラは俺や花音の生徒であることに何故かこだわる。
なので、一つだけ約束を守っていればエレノラを生徒として認めると言う、なんとも意味不明な約束をした。
結局最後まで道徳も倫理観も無いやつだったが、俺が教師として初めて教えた子に思い入れがないわけが無い。
昨日、態々ドッペルに作ってもらったネックレスとか思い入れがないとプレゼントしないよ。
少し感傷に浸りながらも、俺はエレノラに声をかけた。
「気を付けて」
「はい。では皆様お世話になりました。そして先生方、今までありがとうございました。もっと大きくなってまた会いましょう」
「私達が死ぬ前には逢いに来てね。墓の前で泣くエレノラは見たくないからねぇ」
「よく言いますよ。どうせ何千年先であろうが死なないくせに」
エレノラはそう言い残すと、背中を向けて歩き始める。
俺達は、エレノラの影が見えなくなくその時まで、手を振り続けてエレノラを見送るのだった。
「願わくば、かの者の旅路に祝福があらんことを」
またいつか、エレノラはここに帰ってくる。その時は、旅の話でも聞かせてもらうとしよう。




