ちょっと待ったは古い
花婿姿のモヒカンと花嫁姿のマリア司教がやってきてから、教会の前はとても騒がしくなり始めた。
今回の主役である二人を祝福する声が多く、こうしたほのぼのとした雰囲気と言うのは個人的にかなり好きである。
龍二や光司の結婚式も騒がしかったが、どこか硬い雰囲気があったからな。こうしてわちゃわちゃと楽しめる方が俺は好きだ。
え?俺と花音の場合はどうだったかって?
うちの団員、意外とこういう事に関してはノリがよく、皆出し物を考えてイスの世界で披露してくれたよ。
イスが天から舞い降りる氷の煌めきを見せてくれたり、黒百合さんとラファエルが天使(当時はまだ天使だった)としての神聖さを生かした輝きを見せてくれたり。
厄災級魔物達に至ってはド派手に祝ってくれたし、なんやかんや皆俺と花音の結婚を祝福してくれているのがよく分かって楽しかったな。
個人的に1番凄かったのはニーズヘッグの出し物で、たった一人でちょっとした劇を行える程であった。
基本なんでもありのニーズヘッグだからこそなせる技だな。
「ん、これ美味しいの」
「お、イスちゃんも気に入ってくれたか。コイツは祝いの日だけに出す特別な串焼きなんだよ。美味いだろう?」
「すっごく美味しいの。果実の甘みも感じるの」
「ハッハッハ!!相変わらずイスちゃんの舌は鋭いな!!隠し味にアポンやらの果実を入れてあるんだ。少し甘めに作ってあるから、子供でも美味しく食べられるんだぞ」
「いつも売ってくれればいいのに」
「ハッハッハ........このタレ、かなり金がかかってな。時間もかかるからこういう日以外に出すと大変なんだよ。オジサンも体力があまり余っている訳じゃないからな........」
「........商売は大変なの」
モヒカンとマリア司教があちこちに顔を出し始めてからというもの、参加者達は思い思いに料理を食べ始める。
既に俺たちの持ってきていた食材も調理されているらしく、孤児院の子供達が美味しそうに肉を頬張っていた。
その中には、俺達が攫って預けてきたヌーレの姿もある。
少し見ない内に大きくなったな。千里の巫女の継承者である彼女の目に、俺達はどんな風に写るのだろうか。
親殺しの悪人?それとも、他国に売り飛ばされそうになったところを助けてくれた英雄?
どちらにしろ、きっと普通の傭兵団には見えていないだろう。
もしかしたら、ここに来ている団員の正体も分かっているのかもしれない。
そんな事を考えていると、モヒカンとマリア司教が教会の扉の前に立つ。
この世界の結婚式は、一般敵に2人っきりで教会の中に入り永遠の愛を違うという物だ。
地球と少し違うのは、その場に親戚や神父が居ないという事である。
二人は食事をやめて視線を送る参加者たちに1度頭を下げると、手を繋いで教会の中へと入る。
大体15分ぐらいかかるだろうが、その間は参加者達はできる限り静かにしておくのがマナーだ。
シンと静まり返る教会前。そんな中、影の中から子供達がひょっこりと顔を出す。
「シャー」
「........残念だな。できる限りは見逃してやろうと思ってたのに」
「おバカさんたちが動くの?」
「どうやらそうみたいだ。子供達に始末を任せてもいいんだが、念の為に俺が行くよ」
「私も着いて行こっと。この静かな間は暇だしね」
周囲が静かなので、できる限りヒソヒソ声で話す俺達。
シルフォードに視線を送り目で“ちょっと行ってくる”と伝えると、シルフォードは串焼きを齧りながらヒラヒラと手を振った。
相変わらずマイペースなやつだ。
「ビル爺は........あぁ、こっちに気づいてるな。アレなら上手く誤魔化してくれそうだ」
「ビルおじいちゃん、こういうところは鋭いよねぇ」
長年の経験なのか、バカ達が動き出すタイミングは今しかないと分かっているのだろう。
ビル爺さんがこちらに視線を向けていたので、俺は1度だけ頷くと教会前を後にする。
もし、俺たちがいないとなっても、ビル爺が誤魔化してくれるだろう。
こっそり抜け出した俺達だが、その後ろに続く気配が1つ。
アッガスだ。
「おいおい、楽しそうじゃねぇか。俺も行くぜ」
「アッガス。あまり目立ちたくないんだが?」
「いいじゃねぇか。傭兵を敵に回すアホにお灸を据えるんだろ?ひっ捕らえてじっくりと痛めつけてやらないとな。ジーザンの晴れ舞台を邪魔するやつは許さん」
「........ビル爺から聞いたのか」
「ついさっきな。余程この結婚式を邪魔されたくないんだろ。あの爺さんは、敬虔なる信徒でありながらマリア司教様を孫のように可愛がってた人だからな。ジーザンともよく会ってたみたいだぜ?」
それは初耳だ。子供達に人間関係の云々を完全に理解するのは難しいからな。そこら辺の報告がなくても仕方がない。
「んじゃ、この3人で行きますか。殺す?生け捕り?」
「生け捕りだ。後でウチの傭兵達にもしっかりと殴られて貰おう。なんなら、衛兵達にもな」
「モヒカンは幸せ者だな」
「全くだ」
そういう俺達は、人の幸せも願えない愚か者達に裁きを下すためにコソコソと動き始めるのだった。
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マリア司教の人気はとてつもなく高く、その美貌から数多くの男達を惚れさせている。
老若男女問わず好かれるマリア司教だが、中にはその美貌を我がものにせんと目論む輩もいた。
「マリア司教とあのクソが教会に入った。俺達も行くぞ」
「クソ野郎は殺してもいいんだよな?」
「当たり前だ。白い服を真っ赤に染めてやれ」
今回集まったのは、マリア司教に惚れた男達12人。
皆が皆敵だと思っているが、マリア司教と結ばれたモヒカンが最大の敵として今は手を組んでいる。
中には以前、仁とマルネスと揉めた冒険者の姿もあった。
「よし、それじゃ、行くぞ。間違ってもマリア司教様に傷をつけるなよ」
そう言って動き出す愚か者達。しかし、それを傭兵たちが許すはずも無かった。
突如として先頭の1人が倒れる。
何が起きたのか分からず立ち止まった11人の目の前に現れたのは、世界最強と名高い傭兵とこの国でも屈指の実力をほこる傭兵だった。
「馬鹿だねぇ。こんな事してもマリア司教は喜ばないのに。そして、こんなことをする様な奴らだから、マリア司教に選ばれないんだろ?」
「さっさと終わらせようぜ。あまり騒ぐとジーザンとマリア司教の迷惑だ」
「それもそうだな。今回の主役は俺たちじゃねぇし、遺言も聞かねぇよ」
フッと目の前から掻き消える世界最強。
それと同時に、彼らの意識は消えてなくなる。
愚かな彼らは、気づいた時には鎖に巻かれて身動きが取れなくなっていた。
この後、誰に喧嘩を売ったのかその身を持って分からされることとなるだろう。




