ビル爺
シスターになりお淑やかさと可愛らしさが増したレイナに案内され、俺達は結婚式会場となる教会の前にあるちょっと開けたところに来ていた。
ここでは既に来ている参加者達が思い思いに話をしており、中には昼過ぎの宴会に向けて料理を作っている者もいる。
この街で最も偉い聖職者の結婚式というのもあって、かなりの人数がそこにはいた。
「凄い人だな。まだ始まるまでかなり時間があるのに200人近くは居るぞ」
「知り合いの傭兵の殆どは来てるし、教会によく礼拝に来る人も居るな。見ろよ。爺さん婆さんもいるぞ」
アッガスが指を指す方向を見ると、そこには腰の曲がった年老いた老人達が集まっている。
敬虔な信徒という訳では無いが、心の拠り所として彼らもこの教会には足を運ぶのだろう。何人かは見た事のある人もいた。
よく耳を澄ますと、会話の内容が聞こえて来る。
「マリア様もご結婚なさるお年か........年は取りたくないもんだの」
「お相手は傭兵なのでしょう?私は見たことないのですが、少し心配ですよ」
「大丈夫大丈夫。儂は何度かあったことがあるが、心優しき青年よ。なんせ、マリア司教様との話を辞めて儂の荷物を持ってくれるような子だからなぁ。荷物を持ってもらった儂が少し申し訳なくなったわい」
「ほぉ、デンさんがそういうって事は心優しい子なのだろうねぇ。見た目はちょっと怖いが、いい人なのか」
「いい人でなければマリア様も惚れんだろう。見た目はともかく、子供にも慕われる良き傭兵だと思うぞ」
うんうん。見た目を除けば、モヒカンとマリア司教の結婚に皆肯定的だな。
子供好きでかなり人のいいモヒカンは、爺さん婆さんにも優しかったようだ。
本当に見た目だけが欠点たんだよな、モヒカンって。
その世紀末でヒャッハーな見た目を直せば、マジでモテただろうに。
何がともあれ、あのマリア司教と結婚するとは何事だと思われてなくてよかった。日頃の行いが身を結んだな。
地元の爺さん婆さんを敵に回すのはあまり宜しくないのである。あの人たちのコミュニティを舐めたらダメだよ。その気になれば、村八分ぐらい簡単に出来るのだから。
俺も教会で爺さん婆さんに合えば可能なかぎり手伝いやら何やらをしているが、どれも悪い噂が立たないようにする為だ。
やはり、人脈の広い爺さん婆さんやおばちゃん連中は侮れない。
「おや?ジンくんじゃないか。久しいねぇ」
そんなことを思っていると、後ろから声を掛けられる。
皺くちゃでありながらも何処か優しげな笑みを浮かべるこの爺さんこそ、この街で最も発言力のあるお方だ。
この爺さん。一見普通に見えるのだが、何処と無く只者では無い雰囲気が漂っている。
正直、元老院の爺さんよりも俺はこの爺さんの方が恐ろしい。
だからこそ、自然と敬語が出てしまう。
「お久しぶりです。ビルさん。お体の調子は大丈夫ですか?」
「はっはっは。心配には及ばんよ。見ての通り元気ハツラツよ。しばらく見なかったが、何かあったのかい?」
「実は学園で四年間教師をしておりまして。無事に仕事を終えたので、こうして戻ってきたのです」
「ほう!!学園の教師とな。それは凄い。私も若い頃に学園へ行ったなぁ」
「へぇ?ビルさんも学園に?それは初耳ですね」
「まぁ、途中で妻に惚れてその臀を追ったがな!!お陰で私は学園中退者さ」
「........相変わらずなようで」
「はっはっは!!まぁな!!今日の結婚式は目出度い。あのマリア司教様が御結婚なさるんだ。何事も無く終わらせられるように頼んだぞジンくん」
暗に“何か起こるから対処をよろしく”と言っているように聞こえる。
実際、この結婚式に茶々を入れようとする輩達が居るのは分かっている。
聖母のような微笑みと天使のような神聖さを持つマリア司教に惚れ込んだ男は多い。中には少し悔しくとも純粋に祝福する為に言葉に集まった者もいるが、皆が皆そういう訳では無いのは明らかだ。
子供達に見張らせているが、この結婚式を台無しにしようと目論むアホの集団が何人もいる。
世界最強の傭兵に、この街の傭兵達、そして敬虔なる信徒を敵に回そうとするとはある意味勇者だな。
所でこの爺さん。どこでその情報を聞きつけたんだ?
そして俺をタダ働きさせようとする辺り、肝が座っている。
この爺さんは侮れないなと思いつつ、俺はビル爺さんの耳元で小さく呟いた。
「俺が居なくなった時のフォロー、頼みますよ」
「んなもん小便に行くとか言っておけ。あまりに時間がかかるなら、爺さん婆さんには上手く誤魔化しておこう。ジンくん達は目立つからな」
「俺も爺さん婆さんにはモテますからね。俺と話したがる人が寂しがる」
「はっはっは!!隣に怖い嫁さんを置いているのに近寄る爺さん婆さんは居らんよ!!精々世間話をする程度だろう」
「ビルおじいちゃん、殴るよ?」
笑顔で握りこぶしを作る花音。しかし、そこには殺気も怒気もなかった。
「おっと、恐妻を怒らせてしまった。では、私も退散するとするかね。今日は良き日になりそうだ」
ビル爺さんはそう言うと、笑いながら爺さん婆さんの中に消えていく。
あの爺さん、普通の一般人なんだか花音相手に“恐妻”とか言える当たり肝が据わってるな。
「ビル爺も相変わらずだな。だが、ビル爺も認めてるとなれば文句を言うやつもいないだろ」
「甘いぞアッガス。世の中には俺たちの想像を遥かに超えるバカが居るんだからな」
「おー、確かにそれは言えてるな。俺の目の前にいるヤツとか」
「喧嘩売ってんのか?」
「まさか。俺は事実を述べただけさ。被害妄想が激しいぞジン」
俺は笑顔で握りこぶしを作ると、アッガスに向かって軽くパンチを繰り出すのだった。
さて、人の幸せを願えない彼らは正しい選択をしてくれるのだろうか。
時間はまだあるが、1歩でもその線を超えた瞬間彼らはこの街の敵となる。
それをしっかりと理解した上で、“ちょっと待った”をしてくるのであれば、お相手しよう。




